気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の元非活メンバー(現在は退会済み)による語り

どんな信仰も自由。





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さて私は自分の信仰をあまりここでは具体的に語りません。
で、思うことなんですけど、私は自分の今の信仰が大乗仏教の亜流だという意識がありますが、一部の方はそう思われないようです。
でもそれはそれで構わないのではないでしょうか。私は「気楽非活さんがやっていることは仏教ではない」と批判されても構わないと思いますし、それらの批判は真摯に甘受したいと考えています。


私は真摯に自分の信仰を求める人なのであれば、どんな信仰も軽視はしません。私が大石寺創価学会を批判するのは、それが所詮他者を「邪宗」と決めつけ、自分のように考えない思想を排除する考え方に満ちているからに他なりません。


私は仏教以外の信仰も尊重したいと思いますし、どんな信仰も「自分よりも下の教えだ」とは考えません。阿含経華厳経も素晴らしい経典です。法華経の批判もしていますが、私は法華経の価値も認めているつもりです。
どの経典が優れて、どの経典が邪経であるという考え方に私が基づかないだけのことなのです。


思想は何をどう考えても自由です。
ですから私は実際書かれてあること、そして実際の史実を根本にして、そこから立論して自身の信仰を求めていきたいと考えているだけです。その中で偽書と呼ばれるものは排除するだけですし、あくまで書かれていること、残っていること、具体的な"事実"に基づいて信仰を求めていこうと思っています。


日蓮滅後13年に編集された『科註妙法蓮華経』が日蓮説として引用されている『御義口伝』は後世に創作された部分が強く、真蹟として手放しで評価することはできないでしょう。


創価学会大石寺の信徒の方は、史実に基づかない偽書で教義を構成してきてしまっているので、今さら冷静に考えることが多くはできなくなっているのだと私は思います。