気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

当ブログを応援してくださる皆様へ。





いつもみなさん、ありがとうございます。



さて私のこのブログは多くの方から批判されていますし、その批判はよく存じ上げています。



むしろ私は批判が出ることは大いに結構なことかと思いますし、私よりも普遍性の高い議論を文献的検証を通して展開して頂けたらよいと考えたりしています。


ところが、ネット上で、こんな私を擁護・応援してくださる方も多く、また過分な評価も頂いています。本当にありがとうございます。
お恥ずかしい話ですが、私は日蓮のなんたるかも全くわからなかった人間が、非活になったことから、自分で求め出していろいろ文献を読んできた、そういう人間です。
ですから、なるべく「自分がこう思う」よりも「文献的な考証を通してこう考えるのが自然である」というスタンスを貫くようにしています。できているかはあんまり自信がないんですけどね(笑)。



「気楽非活さんは読者に何かを押し付けている訳ではありません。判断材料を示しているだけです。」とのご指摘は本当に嬉しかったです。ありがとうございます。
私のように考える必要なんてありません。ただ私が考えたことを通して、一人でも多くの方が自身で考えて一定の結論を出すことの方が重要なのです。
その時、私の考えに普遍妥当性がないとすれば、その時は私の思想を変えればよいだけのことですから。


私はそんなに頭がよくありません。
読めば読むほどわからないことがたくさん出てきます。ですから以前書いたように、このブログはやや見切り発車的に書いていることも事実です。
ですから書いてあること、史的な事実、より普遍妥当性がありそうなこと、そういったことを基本にしてたたき台にしています。
私は単に理解力のない一人の男が、一つ一つ文献をじっくりと読んで考えてきた、それだけの人間なのです。



そして私は活動家時代に一緒に語り合ってきた、父と母が大好きです。
両親ともにこの世にもういないことはとても悲しいことです。
私は両親への罪滅ぼしの意味でも、このブログを書いています。
今、考えれば、母や父にもっといろんなことができたかもしれない。悔やまれる気持ちもないではありません。
でもきっと母も私が書くのを喜んでくれる、そういう気持ちで執筆しています。


そして、どういうわけだか、私のその立場さえ理解しようとしてくださり、私のこんなブログを擁護して応援してくださる方がネット上にたくさんいることに感謝せずにはいられません。
本当にうれしいです。
本当にありがとうございます。


毎日数千人の方の訪問を最近は頂いています。
たくさんの応援メッセージ、激励、質問メール等も頂き、本当に感謝しています。ありがとうございます。
こんな力をない人間なのですが、幸いに文献を読むことは好きです。これからもたくさん読んで、自分の頭で考えたことをいろいろ書いていきたいと考えています。
それこそが亡き父と母への供養になると信じています。