気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

昭和51年当時の原田稔氏の師弟観。






いつもみなさん、ありがとうございます。
さて現在の創価学会では初代・二代・三代の会長が「永遠の指導者」だとしています。
言わば牧口、戸田、池田を根本の拠り所として、そこに信心の血脈観を求めてしまったのだと思いますが、私などはかつての創価学会の昭和52年路線に戻っている印象を受けます。


例えば原田稔さんですが、原田氏は昭和51年3月号の『大白蓮華』で次のように語っています。当時は原田稔学生部長です。




「向こう二十五年間の、わが青年部の運動、実践の基本思想として、次の三項を青年部最高会議の協議に基づき、提案いたします。
まず第一に仏法に説く師弟の道を貫くことであります。
遠くは、日蓮大聖人と日興上人という峻厳なる師弟の道がありました。
一切の法皆是れ仏法であるが故に、その原理、方程式を第二代戸田会長は、初代牧口会長を師として、創価学会の血脈の師弟の道をつくられた。仏法に説く現当二世とは、即ち『現』とは師、『当』とは弟子であります。また師匠とは原理であり、弟子とは原理を応用、展開していく意義であります。そこにこの世で最も尊くして強靭な、師弟不二〜〜二にして不二の、いわゆる二にして二でないという、他の世界にはみられぬ尊い姿が、存立しておるのであります。
創価学会にみる、牧口初代会長と戸田前会長、さらには戸田前会長と池田会長という師弟の峻厳な関係も、真実の仏法の実践者として当然の帰結であったと申せましょう。」
原田稔学生部長、『大白蓮華』昭和51年3月号)



大石寺からは当時、創価学会に対する質問があり、ここで創価学会は回答として「牧口会長と戸田会長との間に『血脈』があったという表現は今後使わないようにしたい」という趣旨の回答をしています。


しかしながらこの昭和51年3月の原田稔氏の発言を読むと、現在の創価学会の三代会長を「永遠の指導者」とする考え方と非常に似通っている印象を受けます。


つまり現在の創価学会の教団の絶対化(創価学会仏論)は、その淵源が昭和52年路線にあり、師弟の血脈ということからそこに連なる弟子の絶対化、すなわち教団本仏論が展開されているのだと私は考えています。