気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

日代に付属したり、日仙に付属したり。




いつもみなさん、ありがとうございます。
ところで、堀日亨編集の『富士宗学要集』の8巻の僧俗譲状のところをパラパラ読んでたら、こんな譲状が出てきたので紹介します。



日蓮一期の弘法白蓮阿闍梨日興(中略)甲斐国波木井山中にて之を写す。
釈尊五十年の説法白蓮阿闍梨日興に相承す(中略)武州池上。
本門寺大堂本尊裏書に『日興上人に授く、此の本尊は日蓮が大事なり、日蓮在御判』と。
日興自筆の裏書に云く、『正中二年十月十三日、日妙に授与す、日興在判』
日蓮聖人の御仏法日興存知の分を日代に付属す、本門寺の三堂の本尊は式部阿闍梨日妙廿七箇年行学たるに依り之を付属す。
東国は法華の頭領卿阿闍梨日目に之を付属す。
西国三十一箇国は法華の頭領讃岐阿闍梨日仙に之を付属す。
北陸道七箇国は法花の別当日満阿闍梨に之を付属す、門徒の大事之に如かず。
正中二年十月十三日        白蓮阿闍梨日興在判。
駿河国富士山本門寺重須にて書写しんぬ、唯授一人の相伝秘すべきなり、日妙に譲り与ふる状、高祖已来の血脈日興慥に給ふ所なり、中ん就く本門寺奉行は日目日代たるべき中に日妙は三堂の本尊を警固申すべき仁なり、末代の為に日代を証人として書き畢んぬ、我門弟等已後に於いて諍ふこと有るべからず候、此の旨に背く輩は謗法の仁たるべし、依つて置き状件の如し。
正安元年十月十三日     白蓮阿闍梨日興在判。」
(富士宗学要集第8巻より96〜97ページ)



以前、ブログにも書きましたが、素直にこの日興の譲状を読めば、日興からの相伝は別に日目だけに限られたわけではないことになります。日代、日仙、日満にもきちんと付属されています。
これが日興の真蹟と仮定するなら「唯授一人」という語が出てくるので、すでに日興はこの語を用いていたことが考えられますが、事実として複数の弟子に血脈を相伝することがあり得たことになり、現在の大石寺の教学で言う「唯授一人」という教義とは若干が実態が異なることになると思います。


追記:
こんな記事を以前書きました。

「後継者は日目か日代か」

ここで「唯授一人」という教義が後世に創作されたと私は推論しています。ただ上述の譲状が日興による真蹟であると考えるなら、すでに日興や日目の代に「唯授一人」という語は存在していたことになります。ただ不思議なのがその実態が現在の大石寺の言う「唯授一人」とは異なることは言えそうです。ここでは事実として日目以外にもきちんと付属されています。