気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

評価は他者が決めること。





いつもありがとうございます。



私のブログを批判する方がいてもそれは全然構わないことですが、面白いのはどういうわけか、逐一私のブログ記事をチェックしている点です(笑)。
単に読まなければいいんだと思いますよ。
要するに私のブログの価値なんて他人が決めるものですし。



だって私のブログなんて大したこと書いてないというのは以前から自覚していることですし、単に非活会員が勝手に書いているだけのことです。それを批判する人が大勢になれば、私は孤立するだけで、その時私も自身の立場を総括し反省する必要が出るのかもしれません。
ただ言いたいことは何を語ろうと何を思おうとそれは自由なんだということです。そしてその自由な発想をいかに普遍性をもって語れるかということを自分なりに意識しているだけなのです。


何を思おうと自由なのだと私は思っています。私はその人が思想や立場、信条ゆえに非難されるとすれば、その宗教こそ批判されるべきと考えます。何を思っても何を考えても自由なのですから。
それを否定するからこそ、私は創価学会日蓮正宗も批判することになるのです。



私は誰かに評価されるために書いているのではなく、単に自身の活動家時代の盲信ぶりを反省し、その罪滅ぼしもかねて自身が考えたことを覚え書きのように書いているだけです。
それをどう評価するかは読者の問題ですし、私が頑張って主張する問題でもありません。


ただ私のこんなブログに1日あたりどんなに少ない日でも2,000件近いアクセスがあり、すでに37万アクセスを越えていることは本当に感謝しています。


私を批判されるならそれはそれで構わないと思うんですね。私よりも普遍性の高い論を展開していただき、一人一人の信仰者が自立した信仰を確立できるなら、それこそ私の願うところであります。
要は私が普遍性の高い議論をしたいと思って蟷螂の斧を振り回して趣味的にブログを書いているだけなんですね。自身に力がないことはよく承知しています。その上でより高いレベルの議論ができるなら、私は大いにその批判を受け入れて意見を変えることも吝かではありません。