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創価学会の非活メンバーによる語り

儒教における孝養。





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて少し前の投稿で日蓮の思想の背景に儒教の影響があることを少し書きました。


立正安国論』の儒教的な発想。


今日は日蓮の使う「孝養」という語に注目してみたいと思います。なお今回の投稿は立正大学・原愼定氏の論考を参考にしています。


「孝養」という語の意味するものは「親へ孝行を尽くしてよく養うこと」また「亡くなった親を懇ろに弔うこと」だそうです。
この「孝養」という考え方は親子関係のあり方を示した儒教での徳目の一つです。


この「孝養」は日蓮の真蹟遺文でたくさん使われている語です。例えば『唱法華題目抄』『開目抄』『法蓮抄』等々、たくさんの遺文中で散見されます。

鎌倉時代において親への「孝養」は主君への「忠誠」とともに封建制社会の秩序を支えた基本道徳でした。とりわけ鎌倉時代は親権の絶対性が認められていまして、そこでの「孝養」は倫理的に重要な道徳規範と考えられていました。日蓮の遺文では例えば『四条金吾殿釈迦仏供養事』や『始聞仏乗義』で「孝養」という語が見られますが、そこではやはり亡くなった親を弔う追善供養の意味で使われています。


特に日蓮の「孝養」の特殊性を語るならば『開目抄』に着目しないといけません。


儒家の孝養は今生にかぎる未来の父母を扶けざれば外家の聖賢は有名無実なり、外道は過未をしれども父母を扶くる道なし仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ、しかれども法華経已前等の大小乗の経宗は自身の得道猶かなひがたし何に況や父母をや但文のみあつて義なし、今法華経の時こそ女人成仏の時・悲母の成仏も顕われ・達多の悪人成仏の時・慈父の成仏も顕るれ、顕わるれ、此の経は内典の孝経なり」
(御書全集223ページ)


ここで日蓮は、儒教における孝養に対し、法華経による孝養の優位性を主張しているように見えます。
また『法蓮抄』では孔子説とされる「孝経」を「外典の孝経」とし「法華経」を「内典の孝経」と位置付けています。


北川前肇氏の指摘によれば、日蓮儒教の実践倫理が「孝」にあることを「孝経」から見出しつつも、真実の孝養は法華経にあるとしまして、それに違背する親や主君に対して「孝経」から「諫言をする」ということを正当化していたと考えられます。


戸頃重基氏は、これらの日蓮の孝道的な思想が安易に儒教と妥協したものだとして、日蓮儒教仏教の「皮相な折衷主義」と批判しています。



総合的な判断については、賢明なブログ読者のご判断にお任せしますが、ここで私が指摘しておきたいのは、少なくとも日蓮の「孝養」という考え方は儒教の「孝経」から採用された考えであり、日蓮はこの儒教的な考えから法華経を解釈したという可能性があるという点です。



参考文献:
原愼定「日蓮教学における「孝養」の一考察」
印度佛教學研究第45巻第1号、平成8年12月。