気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

「折伏」の用例。




いつもありがとうございます。


ところで今日のテーマは「折伏」なんですが、これ法華経中にはほとんど使われない語なんです。
唯一の用例が観普賢菩薩行法経の中の次の一節です。

「若し自ら調順せんと欲せば 勤めて慈悲を修し 法の真寂の義を思うて 諸の分別の想なかるべし、心根は猿猴の如くにして 暫くも停まる時あることなし、若し折伏せんと欲せば 当に勤めて大乗を誦し 仏の大覚身、力無畏の所成を念じたてまつるべし」


これ、経の前後から判断するに現在の日蓮系教団が使う「折伏」の意味とだいぶ違うことが分かるでしょうか?
これ、文意から判断するに要するに心を落ち着ける(折伏する)ために大乗経典を読誦するということであって、「折伏」という語はここでは「相手をこちらの信仰にさせる」とか「ご授戒を受けさせる」とかそんな意味では全くないですよね?



そもそも私は智顗の「法華三部経」という考え方にあまり同意できません。なんで無量義経法華経と普賢経が三位一体なのか理解できないんですよね(笑)。智顗が言ってるだけだと思うんですよね。
まあ100歩譲って、観普賢菩薩行法経が法華経の結経だとしても「折伏」の語がここしか出てこないのでは、日蓮宗系が「折伏」という語を使うのは法華経に依拠しているとは言い難いでしょう。


そもそも法華経は「折伏」の経典ではないと思います。例えば法華経の安楽行品第14には次のように説かれています。


「教えを語る者は人をだます心や高慢な心を、さらには狡猾さも、残らず捨て去るべきだ。
この経典を世に弘めようと欲する賢者は、まこと嫉妬してはならぬ。
誰かの悪口を言ってはならない。異なった見解を述べて争うてはならぬ。
『汝はこの上ない仏の智慧を得ないであろう』と他人の心を混乱させる機会を作ってはならぬ。」
岩本裕訳、岩波文庫版、法華経中より)



本来、法華経に説かれる思想は融和的なものかと思います。それが「法華折伏、破権門理」ってなっちゃうのは実は智顗の『法華玄義』からなんです。
智顗の法華最第一の考え方は師匠の南岳慧思からのものなのですが、法華経を唯一最高のものとした根拠は実はこの辺に由来するんだと思いますね。












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