気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

Libraさんとのメール対話その7





いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今回のLibraさんとのメール対話は、創価学会の会則について、私が単純にLibraさんに教わったものです。Libraさんはカール・ポパーを引用しつつ、現今の創価学会の快速が「専制」になっているとご指摘しています。なおLibraさんのメールのタイトルは「専制、専制、それは専制」でした(笑)。




【Libraさんからのメール】


   気楽非活さん、こんにちは。

 貴ブログの読者さまの中には「教義の話ばっかりじゃ面白くない」とお感じになられる方も多いかもしれないので、今回は、教義のことではなく、創価学会の組織制度の面について書いてみたいとおもいます。タイトルは、「専制、専制、それは専制」とでもしておきましょう。

 わたくしは、16年前に、当時の会長であった秋谷さんに対して手紙を書き、次のような不満を述べました。

 「現在の創価学会が、教学面においても、組織制度の面においても、未だ近代化されるに至っていない現状に危機感を抱き、今回、事態の改善を求めるべく筆を取ることに致しました。」(「秋谷会長への手紙」、http://fallibilism.web.fc2.com/z007.html

 現在、教学面においては、松戸行雄さんも現役で活躍されていますし、宮田幸一さんのような方も出てきましたので、すでに近代化への道を歩みはじめていると言ってもよいかもしれません。

 しかし、組織制度の面においては、近代化されるどころか、どんどん悪化しているように思います。これを、現行の会則(http://www.sokanet.jp/info/kaisoku01.htmlにそって確認しておきたいとおもいます。

 創価学会において、教義および化儀を裁定するのは会長ということになっています(第11条)。

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(教義・化儀の裁定)
第11条 会長は、教義および化儀を裁定する。この場合、師範会議および最高指導会議に諮問するものとする。
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 しかし、会長のその裁定も、「三代会長」の指導および精神に基づいて行われるということになっています。

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(地 位)
第10条 会長は、「三代会長」を継承し、その指導および精神に基づき、この会を統理する。
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 ということは、「三代会長」の指導および精神に反するような教義および化儀は、創価学会では永遠に認められないということになります。

 なぜそうなるかといいますと、創価学会においては、会員の側から会長を合法的に辞めさせる手段が存在しないからです

 会長は、総務の中から選ばれますが(第13条)、その総務は会長が任命するのです(第76条)。その任命もやはり「三代会長」の指導および精神に基づいて行われますから(第10条)、「三代会長」の指導および精神を継承する人しか総務になれません。なので、「三代会長」の指導および精神を継承する人しか会長になれないしくみになっています。

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(選 出)
第13条 会長は、総務の中から会長選出委員会が選出するものとする。
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(総務および総務補)
第76条 総務および総務補は、信仰経験、人格、識見、指導力教学力ともに優れた会員の中から、参議会の諮問を経て、総務会の議決により選出し、これに基づき会長が任命する。
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 だったら、こんな会則は改正したらよいではないかということになりますが、この会則の改正は、総務にしかできないことになっています(第86条)。

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(改 正)
第86条 この会則を改正するときは、総務総数の3分の2以上の多数の議決を経て、会長がこれを公布する。
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 前述したとおり、「三代会長」の指導および精神を継承する人しか総務になれません。よって、今後の改正は、「三代会長」の指導および精神を継承する形でしか行われません。

 秋谷さんに対する手紙でも書いたことですが、カール・ポパーの「統治の二つの主要な類型」で区別するならば、創価学会における統治は、「独裁制」ということになります。

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 また実際、主権のパラドックスを免れた民主的抑制の理論が展開できることを示すことは困難ではない。私の念頭にある理論は、いわば多数派支配が本来良いとか正当であるという教説から出発するのではなく、むしろ専制政治が悪いということから出発するのである。もっと精確に言えば、専制政治を回避しそれに抵抗しようとする決定、ないし提案の採用に基づくのである。
 というのは、統治の二つの主要な類型を区別してよいからである。第一の類型は、流血なしに――例えば総選挙で――排除できる政府から成る。すなわち、被支配者が支配者を解任できる手段を社会制度が与え、またこれらの制度が権力の座にあるものによって容易に破壊されないように社会の伝統が保証するのである。第二の類型は、被支配者が革命成功の場合を除いては――すなわち大ていの場合には全然――排除できない政府から成る。私は第一の型の政府の略号として「民主制」という言葉、第二の型には「専制政治」または「独裁制という言葉を提案する。

(カール・R・ポパー『開かれた社会とその敵 第一部』、内田詔夫・小河原誠訳、未来社、1980年、pp.129-130)
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民主制(先に提案した意味でこの略号を用いたとして)は政治制度の改革のための制度的枠組を与える。それは暴力使用なしの制度改革を可能にし、それによって新しい制度を設計したり古い制度を調整する際に理性の使用を可能にする。
(同上、p.131)
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【私からのメール】


メールありがとうございます。気楽非活管理人です。
創価学会の会則についてのお話「専制、専制、それは専制」(笑)になかなか返信ができませんでした。これは森昌子のパロディかと思いますが、個人的には「今日も元気で」をパロディにして「専制、専制、われらの専制」としてほしかったところです(なんのこっちゃ)。

創価学会の会則について詳しい解説、またカール・ポパー独裁制についてのご指摘ありがとうございました。とても面白かったです。

要約するとこんなかんじになりますでしょうか。違ったらまたメールでご指摘ください。


①「会長」は「総務」の中から選ばれる。
②「総務」は「会長」が任命する。
③「会長」は教義を裁定できる。
④「会長」は「三代会長」の指導や精神性を継承した会を統括することを前提とする。


なるほど、これでは組織の維持のために独裁制を内在していると批判されても仕方がないように思いますね。
質問なのですが、会長を辞めさせる場合には会則としてはどういう風な記述が見られるのでしょうか。つまり会長が独走した場合、会は制度的に会長を辞めさせることが可能なのかどうなのかという点です。


創価学会は三代会長を根本にすれば永遠に発展できるなんて、創価学会ではよく言われますが、私にはついていけないところです。




【Libraさんからのメール】


 気楽非活さん、こんばんは。

 ツイッター、はじめてみると面白いですね。他者のレスポンスがリアルタイムで伝わってくるので、自分の誤りに気づけるチャンスも広がるように思います。

 さて、会則の件ですが、現在の会則では「会長が独走した場合、会は制度的に会長を辞めさせること」は不可能でしょう。

 解任については以下のように定めがあります。

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(解 任)
第85条 この会則に定められた中央本部役員、方面本部役員、県本部役員、総務、総務補、師範、準師範およびその他の各種機関構成員がその職務を行なうにつき不適当であると認められるときは、この会則またはこの会の規程に別段の定めのない限り、その選任手続と同様の手続により、これを解任することができる。
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 すなおにこの条文を読めば、会長については解任の規定がないことになります。ポパーがいうところの「独裁制」ということになりますね。

 この問題については、「最高裁判所裁判官国民審査のような仕組みを導入するのがよいと個人的には思っています。何年かに一回、全会員に会長を罷免できるチャンスを与えるという感じです。信心歴何年で投票権が発生するとするのか、投開票にかかるコストを会員の間でどう負担するかなどが問題になりますが、電子式の投票を導入したり、工夫すればよいシステムが作れそうに思います。もっとも、今の会則は、現在の総務の人たちの意識が変わらないかぎり改正できないしくみになっていますので、そこが一番のネックだと思います。
 
 しかし、そもそも、初代牧口会長は、「専制政治」を前時代的なものとみなしています(以下の資料を参照)。

  依法不依人(牧口常三郎
  
  信仰的模倣時代から理性の時代へ(牧口常三郎

 「会長は、『三代会長』を継承し、その指導および精神に基づき、この会を統理する」と定められているのですから(第10条)、初代会長の精神に基づいて、現会長は、すみやかに会則を民主的なものに改めてほしいものです。