気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

「舎衛の三億」について。




いつもみなさん、ありがとうございます。

昔、言っていたことを都合が悪くなると、いつの間にか使わなくなるのは創価学会大石寺の得意技ですけど(笑)、その代表的な語の一つに「舎衛の三億」があります。


これは何かっていうと、要するに昔「舎衛城」というところに9億(現在での90万のことです)の人が住んでいてそのうち3分の1の人は目で釈迦の姿を見て、3分の1は耳で聞いたことはあっても見たことがなくて、3分の1は見ることも聞くこともなかったという逸話です。
かつての創価学会はこの「舎衛の三億」を広宣流布の原理と考えていまして、その国の3分の1が入信したらそれは一国に正法が流布されたと考えていたのです。
余談ですけど、創価学会が正本堂を建立する際、「御本尊下付の世帯数が日本の総人口の約3分の1だからこそ建立されるんだ」というようなこともかつて学会は主張していたように記憶しています。



ところでこの「舎衛の三億」は仏典のどこに出てくるのかと言うと、実は龍樹(ナーガールジュナ)の『大智度論』に出てくるんですよ。


インドのコーサラ国の首都はシュラーヴァスティー(舎衛城)だったんですけど、『大智度論』によれば釈迦はシュラーヴァスティーに25年間ほど住んで多くの人を教化して導いたと言われています。



舎衛城には釈迦が長く滞在していましたから、多くの人が釈迦の教えに触れ、教化されてきたとは言えます。またこのシュラーヴァスティーで釈迦の教えが広く伝播していたこともわかります。
でもこれを直ちに「広宣流布」のモデルとしていたということについては、検証の余地がありませんか?


そもそも『大智度論』は龍樹の著作ですし、これをもってして日蓮が「舎衛の三億」を広宣流布の理想と考えていたとするのもいささか早計なのではないかなぁと思います。


確かに日蓮は『教機時国抄』で「舎衛国」について言及していますけど(御書440ページ)、「三億」という用例はここには見られませんし、3分の1とかそういうことも言及していないと思います。また『教機時国抄』は真蹟が現存しないことも一つのネックになるでしょう。ただ行学朝師の写本が残されていまして、録内にも収められてはいますので、初期の日蓮思想を知るという意味では比較的信用性の高い文献と言えるかとは思います。