気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

かつての部員さんのこと。




いつもみなさん、ありがとうございます。
さて今日は私が学会の純粋な活動家だった頃のことを書きたいと思います。



昔、創価学会では「この御本尊にお題目を唱えたらどんな病気も治る」と指導していました。

今でもそうなんでしょうかね。


ところが、私が男子部で部長だった頃、支部長さんに言われて驚いた指導があります。
それは私の部の部員さんについてです。



私の部のKくんという部員さんは当時20代。とても純粋で、一生懸命にお題目をあげる人でした。会合にもよく参加していましたし、私も彼とよく遊びに行ったり、ご飯を食べたりしたものです。



彼はコンピューターが得意でとても優秀、仕事では店長さんにまでなったのですが、ところがある日、リストラにあい、解雇になってしまいました。
私は部長でしたから彼の家に足繁く通い、一緒にお題目をあげたり、遊んだり、楽しく過ごしたことを思い出します。


ところが、その頃から彼に鬱病の症状が出てしまいまして、抗鬱薬を飲み始めてから、かなり精神的に追い込まれていきます。
仕事もなかなか決まらず、精神的に内面に籠ることが多くなっていきました。


私は定期的に彼の家に家庭訪問し、一緒に勤行をしたり、励ましたりしていました。彼は私の部員さんでしたし、何より私はKくんのことが好きだったんですね。コンピューターが得意な彼によくコンピューターを教わったりしたものです。


けれど仕事も全く決まらず、彼は悶々としていました。
悩んだ私は、Kくんの地区の地区部長、そして壮年部の支部長さんに相談してみました。
その時の指導が忘れられません。



「彼は鬱病でしょう? 『お題目をあげよう』という指導はしない方がいい。かえって彼を追い詰めてしまうから。あまりお題目をあげさせないように。」



驚きました。
創価学会の信仰に生きていた私が、人生で初めて「お題目をあげない方がいい」という指導を聞きました。
ビックリしました。



彼の家に行き、人生で初めて私は「あまりお題目をあげないように」という指導を彼にしました。
Kくんの病状は結局良くならず、転居をして実家に帰って行きました。その後、彼がどうなったのか寡聞にして知りません。



で、どうもこういう鬱病やら精神的に病んでいる学会員さんがだいたい90年代が終わって2000年代の頃から次第次第に増えてきたように思います。



私は創価学会を現証の面から批判しようと思っているのではありません。実際に心を病まれた方がどれくらい学会にいるのかなんてわかりませんから、客観的なことは何も言えません。



ただ私がここで主張したいのは、かつて創価学会は「お題目でどんな病気も治る」と主張してきたのにも関わらず、鬱病などの心を病んだ方には「あまり題目はあげない方がよい」と主張を変えることが組織内部では普通にあったということです。