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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

名誉会長を批判できない人たち。





いつもみなさん、ありがとうございます。

私は池田名誉会長の批判だけをしているわけではありません。そのことは賢明なブログ読者の方、またTwitterアカウントのフォロワーの方はよくわかるかと思います。私がやろうとしているのは創価学会にせよ日蓮正宗にせよ、一切の教義、遺文の再検討であって、その中で後世の化儀に過ぎないものを否定しているだけなのです。



そのことも理解しようとせず、私に「池田名誉会長を貶めたいだけ」というレッテルを私に貼って無視を決め込むのは、単なる対話の拒否であり、自身の思想の狭量さを示していると言わざるを得ません。


その中で批判対象になれば検討の結果、批判をしているだけなのです。
ところが創価学会にせよ日蓮正宗にせよ、自分の頭で考えることをしてこなかった人たちがたくさんいますので、結果的に受け止めるか、真っ向から否定して貝になるしかないというのが実際です。



今の創価学会が形骸化して官僚化している事態は私もそう思いますが、その責任が池田名誉会長にないなんて到底思いません。


例えば現会長の原田氏は池田名誉会長の側近だった方です。周恩来首相との会見にも同席しています。また昭和54年前後の会長勇退の頃、宗門との交渉役をしていたのは原田稔氏だったはずです。当時はまだ青年部だったかと思います。
今の創価学会を作ったのは間違いなく池田門下生であり、今の創価学会の思想を形成したのは池田名誉会長直系の弟子たちなのです。
ですから創価学会幹部とともに、池田名誉会長の思想性は批判されなければなりません。
池田名誉会長を絶対視して敵と味方に二元化するロジックで信濃町を"仏敵"認定しても構いませんけど、やってることは信濃町日蓮正宗のロジックと大して変わらないということです。
思想を省みることができないため、思想の陥穽に気づかず、稚拙な堂々巡りの議論に堕しているのです。


要するに自分が何を考えてもそれは思想上の自由なんですけど、そう考えない人も世の中にはいて、それらに対する思想信条の自由についてもやはり考えてほしいんですよね。創価学会日蓮正宗の一部盲信的な方たちはそれができず、まさにチンピラまがいに否定に走ることしかできないのが残念なところです。