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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

上部構造としての創価学会。




いつもみなさん、ありがとうございます。



創価学会の公称の世帯数は872万世帯のようですが、これがここのところ少しも増えていません。
つまり組織的には停滞していると言えます。


これは創価学会だけでなく、いわゆる昭和の新宗教教団たちも信者数を減らしています。
PL教団も信者数は半減したようですし、PL学園の野球部が廃部になったこともご記憶にあるでしょう。
立正佼成会霊友会も教団の信仰を次の世代に継承することの難しさに直面しています。


その中でも創価学会は信仰を若い次の世代に継承させることに比較的成功してきた団体です。その団体が今や青年層を獲得することの難しさと未来部の実質的壊滅という事態に直面しているわけです。



以前、書いたように私は、創価学会という存在自体が昭和の高度経済成長の時代に現れた一つの社会的運動だったと考えています。

「歴史的役割の終わり」



カール・マルクスの『経済学批判』の序文には「上部構造と下部構造」の考え方がみられます。
これは思想や精神性、政治状況、文化といった社会の「上部構造」は、経済や生産諸関係といった社会の「下部構造」から規定されるということです。
つまりその時代の思考や精神性とか流行とかいうものには一つのパラダイムが存在していて、その前提には経済的な生産諸関係が深く存在しているということになります。
ですから生産諸関係が変化していくにつれて社会の「上部構造」は必然的に変わらざるを得ないとマルクスは考えているわけです。


そう考えた時に、昭和の高度経済成長の中で生まれた運動としての創価学会は、もはや前提となる「下部構造」を失っていると言えます。
教義が古臭くなるのはそういう理由ですが、信濃町の本部職員は必死に海外のSGI組織を聖教新聞紙上でアピールし、現代的な仮面をつけることに一生懸命です。


形式というのは時代に応じて変わっていくものです。
だからかつての創価学会というものは昭和の高度経済成長期に現れた思考の一つの運動であったわけで、もはやその歴史的な役割は終わっていると言ってよいでしょう。