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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

共感の拡大ということ。





いつもみなさん、ありがとうございます。
最近はネットでの紹介も多くなり、本当に感謝しています。Facebookでも取り上げられることが増え、長井秀和さんや江川達也さんにも当ブログについて言及していただいています。
その他、いろんな方面から激励や評価の言葉をいただき、感謝の言葉も見つかりません。本当にありがとうございます。



さて以前も書きましたが、創価学会の幹部が公然と「SNSへの投稿はしないように」「ネットの情報は信じないように」と言うようになってきました。



創価学会幹部、信濃町が恐れていることは、実はこのブログで書かれているような情報がシェアされて共感が広がっていくことのようですね。ですからそれを「創価学会は分派させてはならない」という名目で査問したり、強制的に除名したりします。


私のブログは「気楽に語ろう」と銘打っていますから、どんどん拡散して引用、紹介していただいて構いません。
本当のこと、本当に思うことを自由に書くことは私たちの権利です。
創価学会本部が何を言おうと、日蓮正宗の信徒が何を言おうと、自分の書きたいことを書いていきたいです。
共感が広がることは自然なことなのですから、共感される方はどんどんつながればよいのです。そもそも創価学会折伏だって所詮は共感の拡大で広まったのではありませんか?


ただもちろん相手を貶す、非難をするというのは避けたいです。
コメント欄を設けていないのは、勢い熱心な日蓮正宗の方とかが背伸びして法論を挑んできたりするからなんですね。
もういいですよ。私、法論なんて山ほどやってきました(笑)。もう懲り懲りです。
山ほど日蓮正宗の信徒の方とか顕正会の方とか回答不能にして黙らせてきました。でもね、そういうのあまり意味ないんです。それに私と法論して回答不能に陥った法華講で体調不良で寝込んで入院しちゃった方もいましたから。悪いことしました。
そういうのではなくて私はもっと肩肘張らず、普通に話したいだけなんですね。信仰の態度を客観視して冷静に語ったら結論は自ずと出ると思うんです。


どんな宗教的な権威も「SNSの投稿をやめろ」とか「ネットを見るな」などと私たちに命令することはできません。私はただ自分の書きたいことをどんどん書いて、自分が共感できるものをどんどん読んで、共感を広めていくだけです。本来、創価学会が目指していた広宣流布という概念も所詮は共感の拡大だったのではありませんか?
創価学会の思想で「共感の拡大が広がらない」とするなら、それは創価学会の思想に魅力がないか、思想に力がないかのどちらかということでしょう。