気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

日蓮正宗の方の私へのカン違い。




いつもありがとうございます。
最近、いろいろネットやSNS上で当ブログについて言及されることが増えてきました。ちなみに管理人は当ブログに対するネット上の記事、ブログ、投稿、発言、Twitterの多くのツイート、Facebook上のコメント等に目を通すようにしています。
で、私を批判される人は創価学会よりも、むしろ日蓮正宗の方が多く、少々驚いています(笑)。
悪口雑言にならなければ、どんな批判をして頂いても全然構わないんですが(まあ実際は口の悪い方が多いんですけど・笑)、なんか「これはカン違いなんじゃないかなぁ?」という批判もあって、一度きちんと書いておきたいと思います。


1、日有が日蓮本仏説であったかは不明確。

どうもカン違いされている方が日蓮正宗信徒の方に多いようですが、私は「大石寺9世日有が日蓮本仏説を唱えた」ということを実は肯定してはいません。
日有が唱えたのは「日蓮=本尊」説に近く、まだ明確に日蓮本仏説を打ち出してはいないと私は考えています。そこのところを誤解されませんように。日有に見られるのはあくまで日蓮=本尊説であり、日蓮本仏説へと繋がる萌芽であったとは思いますが、まだ明確ではないと思います。この点については17世の日精も同様です。
はっきりと大石寺から日蓮本仏説が出てくるのは26世の堅樹院日寛以降のことです。ですから日有の時代はまだ現在の大石寺のような日蓮本仏説が存在したとは言えないでしょう。



2、戒壇本尊は日有が作ったものではない

私の立論の根拠を安永弁哲氏の『板本尊偽作論』とカン違いされて批判されている法華講の方もいるようです。私は戒壇本尊が日有によって作られたとも考えていません。
犀角独歩氏も指摘されていましたが、この御本尊の造立主は「弥四郎国重」自身と考える方が自然なのであって、造立の願主である「弥四郎国重」がこの本尊を作り、日蓮自身に対して「敬って白す」としなければ「敬白」という言葉が不自然になるかと思います。犀角独歩氏のブログから引用しましょう。


いまさら論ずることではないが、所謂『本門戒壇の大御本尊』と称されるのは板彫刻下部に『右為現当二世造立如件 本門戒壇之 願主弥四郎国重敬白 法華講衆等 弘安二年十月十二日』と記されていることによる。信仰する人々は、これを日蓮大聖人の筆と早合点してきた。腰書であることすら知らず、讃文のように本尊の中に書かれたものと思い込んで来た人も多い。

近代の学匠・稲田海素は、板本尊の文字について以下のように言った。
『為現当二世云云の制作縁起は宗祖の御正筆ではなく、後人の他筆である』
当然のことだ。何故ならば、この腰書には、『敬白』、すなわち、敬って白(もう)すとあるからだ。大石寺では日蓮大聖人を御本仏と仰ぐ。敬われる最上の立場の御本仏が、誰を相手として敬って白すのであろうか、相手はいないのだ。
腰書は板彫刻の造立縁起である。つまり、造立者の『弥四郎国重』が、法華講衆、もしくは日蓮大聖人に対して、敬って白した文書である。ならば、弥四郎国重の文=他筆であることは当然ではないか。日蓮大聖人が弥四郎国重を相手として、敬白と記すわけはない。」




3、客殿の譲座本尊は戒壇本尊の写しではない

きちんとブログにも書きましたが、正応3年10月13日書写・大石寺客殿安置の御座替本尊は、戒壇本尊を書写したものではありません。

「御座替本尊は戒壇本尊の書写ではない」

これだけ相貌が違いますし、これだけ見れば日興が戒壇本尊を手本として書いていないことは明確かと思います。この点について日蓮正宗の方は全然回答されませんが(笑)、お得意の「法主の内証の問題」とか言うのでしょうか。



4、終わりに。

一定の思考の枠に囚われてしまうと、私を批判するにしても自身の知っている先入観の枠内でしか批判できなくなってしまうんですね。戒壇本尊を否定するものはなんでもかんでも安永弁哲さんだろうとか思われても困ります(笑)。
また創価学会の方も一つの先入観を持つと、そこから抜け出すことができない、どうしても日蓮は「末法の御本仏」ですし、御本尊は「宇宙の生命の法」ですし、池田名誉会長は「池田先生という永遠の指導者」みたいですから。
永遠に変わらない絶対のものなど存在しません。創価学会の方も日蓮正宗の方も早く幻想から醒めてほしいと願うばかりです。