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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

たまには良かったことを。




いつも閲覧頂き、ありがとうございます。、

いつも創価学会の批判ばかりしているので(笑)、たまには良かったことを書いてみましょう。



創価学会の活動家としてあちこち動いて一番学んだことは家庭訪問等で人と触れ合うということです。
人を動かすというのは大変なことです。そんな簡単に人なんて動きません。会合一つ連れ出すにも声をかけるだけでは人は出てきません。
やっぱり楽しくて、生き生きして、自分が自分らしくなれると思う場には人は自然に参加してくれるのだと思います。私自身そうですし。


昔の創価学会にはそういう面白い人、楽しい人がたくさんいました。現状の創価学会に不満を持っている多くの未活・非活のメンバーたちは私と同じようにかつての創価学会にたくさんいた楽しい人たち、また楽しい雰囲気、それらがなくなってしまったことに不全感を抱いているのでしょう。よく反学会の方(日蓮正宗等の脱会者の方々等)が「創価学会は功徳を失くした」「それはニセ本尊のせいだ」と言っているのは恐らくは教義的な整合性をつけて説明したいだけなのだと私は考えています。功徳も罰も宗教社会学的な意味で考えれば単なる集合意識に過ぎません。功徳なんてものは本来は存在しませんからね。


私が男子部の部長だった頃、私は自分が楽しいこと、皆で盛り上がれることを企画してやるようにしていました。皆でご飯食べに行ったり、結集の戦いの後で自宅で焼肉食べたり、ソフトボールやったりと、そんな感じでした。
生き生きして充実感がある、そんな部を目指していましたね。うまくいったなんて思いませんけど、まあやろうとしていたことは事実です。


今の創価学会ってずいぶん縛りが多くなりましたよね。組織でお酒飲んじゃいけないとか男女青年部どうしで会ってはいけないとかって厳格に守っている人ってまだいるのかなぁ。


かつての創価学会って組織に人間的な繋がりがあって、いろんな意味で互助組織になっていたんです。
創価学会員というだけで、世間からはつまはじきにされますし、変な目で見られることもよくあることでしょ。
で、創価学会ってのは強力な互助組織を地域に作り上げて、地域のネットワークを築いてきたんです。
映画「Always 三丁目の夕日」みたいに貧しくて売れない作家が昭和40年頃にいたら、まず間違いなく創価学会折伏されます(笑)。


特に婦人部は地域に強力無比なネットワークを築いてきました。「あの店のおじさんはおっかない人だけど、きちんと話すと聖教新聞とってくれるのよ」とかそういう情報がちゃんと婦人部には共有されています(笑)。



要するに創価学会というものは、昭和30年〜昭和60年代の"昭和"という時代に起こった一つの社会的な運動だったと今の私は理解しています。
高度経済成長に乗って、たくさんの"功徳"を受けてきた(と錯覚した)のは、そういう時代の中で一つの集合無意識が働いていたに過ぎないのだと思います。



今の日蓮正宗法華講の方が創価学会を批判するのは、彼らもかつての創価学会員だったからですね。彼らもまた高度経済成長の波でいわゆる"功徳"を受けてきたんです。その実感があるから教理的な矛盾を突かれても、日蓮正宗に盲信し、創価学会を批判する精神構造になってしまっているのだと思いますよ。



創価学会の良かったところは、人と人との繋がりがかつて有機的であったことです。
しかしそれもまた形骸化して目的もないカネ集め集団になり始めています。
私個人の論理としては「もともとの創価学会の思想も日蓮正宗の思想もそもそも誤りであった。だからこそ底の浅い思想は腐敗して消え去るのだ」と考えているのですが、多くの創価学会員はそう考えず「創価学会中央が堕落した」「公明党が変節した」とか、あるいは日蓮正宗のように「創価学会が邪教化した」「富士の清流に帰れ」等々、いろんなことを言いだしているような気がしています。