気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

「信心の血脈」のこと。




いつも閲覧いただき、本当にありがとうございます。


さて創価学会は自分たちの教団に「信心の血脈」なるものが流れ通っているから正統なんだそうです。で、日蓮正宗の方は創価学会の主張する「信心の血脈」なるものをよく否定します。

まあ私にとってはそんなもん現代では必要のない教義だと思っているんですけどね。


ところで大石寺67世の阿部日顕氏は昭和62年4月6日、御影堂にて行われた説法でこんな話をしています。
阿部日顕さん同様、昭和62年頃までは日蓮正宗創価学会と大して変わらない"信心の血脈"を主張していたのです。法華講の方は主張のコロコロ変わる日蓮正宗宗門の発言から早く目を覚ました方がよいでしょう。
文章としては少し長いです。読みにくい方は飛ばし読みして最後の結論部分を読まれてもよいでしょう。読める方はじっくりぜひ読んでいただきたいと思います。




「故に、血脈相承とは、信心の血脈がその基をなすのであり、その信心の血脈によって仏の本地甚深の境智に基づく法体法門の血脈が、一器より一器へ流れ通うのであります。(中略)しかるに、宗祖大聖人より日興上人への血脈相承を否定する者達の言として、宗祖の法門は一切に通ずる信心の血脈が大事であり、もし唯授一人血脈相承なるものが別にあるなら成仏の道は貫主一人だけに限ることになり、一般の僧俗に通じない偏狭なものであるとの批判がありますが、これは信心の血脈の何たるかに迷う偏見であります。
したがって、この主張は信心の血脈について明らかに二つの誤りを犯しております。法華大法の信心の血脈には、縦に甚深の義と、横に広大の義が同時に具わっております。甚深の義については、宗祖大聖人の甚深の寿量文底の法体に至るまでの一切の仏法を受けきるところの信心の血脈あって、初めて真実の仏道が伝承されるのであります。また、広大の義については、この信心の血脈はけっして法主一人ではなく、正義を伝承する僧俗一切が、その信条、法門について一体の信心を持ち、化儀の実践をなすところ、法水相通じて信解得道全く等しく、無量の民衆が即身成仏の本懐を得るのであります。
故に、大聖人より日興上人への唯授一人の血脈を否定する者は、信心の血脈における甚深の義に背く者であり、また、日興一人のみの偏狭な血脈と謗る者は、信心の血脈が一切を包容し、十界皆成する広大の義に盲目であることが指摘されます。(中略)
この唯授一人の血脈も、その基本的本質は前来述べる如く信心の血脈に存します。かの五老僧の人々は、この宗祖弘法の根本に対し而二不二の境地に至るべき信心の血脈が通じなかったために、宗祖本懐の法門について正理に契合せず、したがって、極意の相伝を受けられた日興上人に同心なしえなかったのであります。(中略)
いわゆる信解抜群にして宗祖二祖の信心の血脈を疑わず、勇猛精進するところ、僧にあれ、俗にあれ、僧から僧へ、また俗から俗へ、さらに広くその信心の血脈を伝えつつ展開して衆生を利益することが下種仏法の相であります。
その一大実証は、近年、正法の日本ないし世界広布の礎を開かれた、創価学会における初代、二代、三代等の会長の方々における信心の血脈の伝承であります。その指導による広布の大前進において、有智も無智も男女も嫌わず、妙法の実義をもって真の勝妙の境を得、仏国土の建設と、世界平和に貢献する活動の実証において、深く広くその意義と功徳が顕れております。この信心の血脈は、古来より法華講の信心の歴史においてもまた多く見ることができます。
要するに、日蓮日興唯授一人の相伝血脈は、その信心において万人に通ずるのであり、かかる信心の血脈が正法の僧俗一切の行学の根底であります。故に、大聖人より日興上人への血脈が貫主一人しか解らぬ独断的、偏見的な仏法などというのは血脈の真義を解せぬ者の戯言であり、信心の一念に法水が流れるところ、有智、無智を問わず、万人のために即身成仏の功徳が実証として開かれているのであります。」
(阿部日顕氏の説法、霊宝虫払大法会、昭和62年4月6日、大石寺御影堂にて)



まあ簡単に要約しますと、法主に伝わる「唯授一人の血脈」というものも結局本質は「信心の血脈」なのであって、僧から俗に伝わるだけでなく、俗から俗に伝わることもあり得ると(笑)。そして阿部日顕さんによれば、その一大実証こそが創価学会の「初代、二代、三代等の会長の方々における信心の血脈の伝承」なんだそうです(笑)。
唯授一人の血脈相承が法主一人にしかわからないという独断的な考え方は、およそ「血脈の真義を解せぬ者の戯言」なんですって!(笑)
法華講の方は早く目を覚ましましょう。





追記:
大石寺67世の阿部日顕さんは現在退座されて「御隠尊」となっています。90歳を越えて現在もお元気ですね。
阿部日顕さんはもともとの本名を「彦坂信夫」さんと言います。お父さんは60世の阿部日開さん、お母さんは彦坂スマさんです。で、後に日開さんが息子を認知して「阿部信雄」さんとなりました。
出家されてからは「阿部日慈」さんだったのですが、法主にあがられる時、早瀬日慈さんと名前が一緒なので「日顕」にご自身で改名されています。
66世の細井日達さんが急逝されてしまったので、実際に相承があったのかどうか真相は闇の中で誰もわかりません(笑)。相承箱は今は法道院にあるんでしょうか。大石寺にちゃんとあればよいんですが(まあ「相承箱」そのものも後世の偽作なのでしょうけど・笑)。ちなみに相承箱の中身は法主の系譜書きと御本尊書写のことと御秘符に関する書付とかみたいですね。
そんなわけで、日顕さんは、本当に血脈相承があったのかと当時正信会の人たちからやいのやいの騒がれてしまったんです(笑)。その時、阿部日顕さんを立てて守ったのが創価学会首脳部だったと言われています。このへんのことは秋谷栄之助さんとか原田稔さんとかは当事者でしたからよくご存知のはずかと思います。
まあ、そんなわけで、会長を"勇退"した池田氏に徐々に会員への指導を許し、創価学会の教学をある程度認めてきた人も、実は日顕さん本人だったということです。