読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

創価学会の歌う"学会歌"






創価学会が会合の最後で皆で歌う歌を「学会歌」と呼びます。
私は昔、バリバリの活動家だった頃、この学会歌を歌うのが好きでした。同時に指揮をするのも好きでした。
なんでもそうですが、身体を動かして大きな声を出すとストレス発散になるものです(笑)。


学会歌の中で今も変わらず歌われているものというとあまり多くはないのですが、おそらく次の曲でしょう。


◯威風堂々の歌
◯広布に走れ
◯紅(くれない)の歌
◯今日も元気で
◯人間革命の歌


これ以外で現在も歌われている歌というと、あとは地方・方面の歌とか各部の歌になるでしょうね。たとえば「ああ感激の同志あり」(東京の歌)とか「常勝の空」(関西の歌)とか「創価班歌」とか「王者の歌」(牙城会歌)とか「太陽のマーチ」(教育部歌)とか「正義の走者」(未来部歌)なんかそうでしょう。



この中でも「威風堂々の歌」「広布に走れ」「紅の歌」は指揮をとって皆で威勢良く歌うのが一般的です。「今日も元気で」は婦人部の歌です。ちなみに「人間革命の歌」はあまり歌われませんが、歌う時には指揮をせず、皆で直立不動で肩を組んで歌うことが慣例になっています。



昭和60年代までの昔ですと、もっといろんな歌が歌われていましたね。
「同志の歌」(内容が重たい)
「沖縄健児の歌」(意外と歌われてました)
「東洋広布の歌」(結構有名)
「世界広布の歌」(今は表彰専門)
「パパさん音頭」(数少ない壮年部歌)
「新世紀の歌」(これ意外と好きでした)
「緑の栄冠」(女子部ってまだ歌う?)
「お月さまの願い」(古いなぁ)
「太陽の子」(もっと古いなぁ)
「幸せのワルツ」(これ歌える人、国宝級)
「21世紀のマーチ」(昔は歌った)
「輸送班の歌」(絶滅危惧種
「日本男児の歌」(もう軍歌です)
厚田村」(チョー懐かしい)
「熱原三烈士の歌」(好きでした)
「嗚呼黎明は近づけり」(もはや化石)
「武田節」(もはや伝説)


軍歌調の歌を歌うのは実は牧口初代会長以来の伝統のようで、牧口初代会長の実験証明座談会では戦勝祈願の題目をあげたり、軍歌を歌ったりしていたことが記録に残っています(彼は反戦運動をしていたわけではありません。逮捕されたのは信仰上の神札の授受の問題です)。
まあ、そんな感じで戸田会長も軍歌調の歌を歌わせ、組織役職も「部隊長」とか「主任参謀」とかそんな軍隊風のものにしたわけです。



「学会歌の指揮」というものもあって、会員でない方からすると一種異様な光景に見えるでしょう。壇上に代表があがって(時に希望制もありますが)、腕を振りかざして音頭を取るものです。掛け声をかけて「それそれそれ!」と盛り上げるのが青年部のやり方でしたね。大きな会合では金や三色の扇子を持って指揮したりします。




ただ学会歌というものは、そんな戦前戦後の牧口・戸田会長時代の伝統が残ったものなんですけどね。
軍歌調を排した新しい調子の歌も作られていますが、結局歌われなくなって元の「広布に走れ」とか旧来の歌ばかり歌われているのが現状です。旧来の会員さんもその方が歌いやすいんでしょうね。






追記:1
笑っちゃいけないのかもしれませんが、顕正会の歌う歌というのもあって、こちらは創価学会よりもはるかに軍隊風で、もうどこかの国粋主義みたいになっています(笑)。見ていると笑いをこらえるのに必死です☆
思うに顕正会の皆さんの理想のスタイルは戸田会長時代の創価学会にあったみたいで、古めかしいペシミスティックな軍歌を大真面目に歌っている様子はどこか時代錯誤で滑稽に見えてしまいます。



追記:2
創価高校の「草木は萠ゆる」とか「創価班歌」とか「厚田村」を作曲した杉野泰彦さんには一時期何度かお会いする機会がありました。まさに音楽家みたいな髪型をしていて紳士然とした雰囲気がとても好きでした。
「世界広布の歌」の作曲者である有島重武さんは昔、東京選挙区で衆院選に出ていましてよく覚えています。とても温和な方でした。小説『人間革命』では水滸会のところで「有村武史さん」として出てきますね。