気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

弓谷氏のこと。







彗星の如く現れ、次代の会長候補と呼ばれながらハレンチな女性問題を起こして解任になった弓谷照彦元男子部長という方のことを、多くの創価学会員さんはご存知のことでしょう。



私、この方のこと、よーく存じ上げています。
別に彼の女性問題を擁護するわけではありませんが、若い頃の弓谷氏は大変に素晴らしい学者でした。
東京大学を蹴って創価大学に進学。その後、大学で学生自治会中央執行委員長を務めました。かつて喫茶「ロンドン」等で話したことを懐かしく思い出します。当時は学内に創価革新学生連合(略して創革連)が現れたり、池田名誉会長の国会証人喚問を実現しようとする動きがあった時代です。弓谷さんはその頃から飛び回るように活躍されていたようでした。
華やかでスター性があると同時に、頭の回転が早い天才肌の人でもありました。池田名誉会長から一目置かれたのもさもありなんと思いますね。
創価大学では中野毅先生のゼミに所属し、中野先生から大変に高く評価されていたと伺いました。専攻は確かピエール・ブルデュー理論社会学だったかと記憶しています。中野毅さんも本人に言っていたようですが、学会本部職員になるより学術の道で生きることを選ぶべき人だったように思えてなりません。



友人評していわく「英雄色を好む」で、当時から女性が好きだったことは事実のようです(確かに女性からはモテモテだったようです。当時の私とは天地雲泥の差・笑)。
しかしこの弓谷氏に白羽の矢を立てたのは他の誰でもない、池田名誉会長本人だったはずなんですけどね。




中野毅先生のゼミ生には、この同時期に弓谷照彦さんとは別にもう一人、完全に天才肌の型破りな学生がおりました。宗教社会学を研究していた方です。
弓谷さんと彼とはあまり会話が噛み合わなかったようですが(笑)、まあ両者を知る自分としてはわからなくもありません。



創価学会本部というところ、そして池田名誉会長という人は結局弓谷さんという人を評価して、私が尊敬していたもう一人の天才肌の方をほぼ黙殺しました。
結果どうなったかというと、弓谷さんは例の問題があって隠居の身となりました。そして件の方は現在研究熱心な学者となり、研究活動に勤しんでいます。名前はあえて伏せます。
弓谷さんではなく、彼の方を真に評価できるような創価学会だったら少しは現状が違ったかもしれないなぁと思うこともしばしばです。まあ無理でしょうね。



そもそも創価学会が学術的な批判に晒された時に矢面に立って守ってきたのは中野毅さん、宮田幸一さん、そして菅野博史さんたちだったはずです。
彼らが創価大学にいたからこそ、外からの評価も変わったんです。「ああ、なるほど。創価学会にもこういう学者もまだいるんだなあ」とされて、対外的な評価を変えてきたことは事実です。他にもそういう方々はたくさんいました。



創価学会の信仰を持っているか否かは別として、少なくとも創価大学には新明正道先生、阿閉吉男先生、佐々木交賢先生、鈴木二郎先生、池田温先生、加藤九祚先生といった、素晴らしい先生方がいました。すでに鬼籍に入っている先生が多く、そのことが私にはとても悲しいことなのですが。
その彼らの後継がもしもまだ育っていないとすれば、それは創価学会の未来への一つの黄色信号になり得ると私は思います。