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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

『百六箇抄』の問題点③史実との不整合。



『百六箇抄』は偽書と断ずべき材料が多岐にわたり、枚挙に暇がありません。
こんなものを『血脈抄』と呼んで有り難がっている日蓮正宗の信徒が可哀想に思えてきます。
同時に創価学会も『百六箇抄』を真蹟と判断している立場であったはずです。
それに対し総括もせず、臭いものに蓋をするようにダンマリを決め込むというのは、およそ宗教者としての誠実さに欠けると言わざるを得ません。
今こそ創価学会は過去を総括し、「池田会長が『百六箇抄講義』をしたことも、同抄を真蹟としたことも誤りであった」ときちんと認めるべきなのです。
創価学会は過去をなかったことにし、都合の悪いことには耳を塞ぐ団体です。その点で元鞘の日蓮正宗と瓜二つなのは、まあゆえなきことでもないんですけど。





さて『百六箇抄』内に史実と相違する点が多数散見されることは、すでに多く指摘されていることです。知らないのは創価学会日蓮正宗の信徒だけです。


①「白蓮阿闍梨」と「伯耆房」
例えば「白蓮阿闍梨日興」という記述が見られます。まだ阿闍梨号を授けられておらず「伯耆房」と呼ばれていた日興が「白蓮阿闍梨」とされているのは史実と整合性がありません。
弘安5年2月28日の『法華証明抄』(西山本門寺に真蹟現存。日興写本は大石寺に現存する)では日興を「伯耆房」としており(創価学会版御書全集1587ページ)、まだ弘安5年2月時点でも「白蓮阿闍梨」ではなかったことがわかります。
それが弘安3年とされる『百六箇抄』で「白蓮阿闍梨」と呼ばれるのは整合性が合いません。
したがって『百六箇抄』は後世の偽書です。



②六老僧について。
弘安5年に初めて定められた六老僧についての記述が加筆部分に存在しています。弘安3年とする『百六箇抄』の成立と整合性が合いません。
したがって『百六箇抄』は後世の偽書です。



③唯授一人の相伝ではない。
大石寺17世日精の『富士門家中見聞』によれば、正和元年10月13日に両巻の血脈抄をもって日興から日尊、日目、日代、日順の4人に相伝があったとされています(『富士宗学要集』第5巻、170〜171ページ)。
実際に堀日亨が編集の際に用いた古写本は京都要法寺日辰本と保田妙本寺日我本です。
したがって『百六箇抄』は大石寺だけに伝わる相伝書とは言えません。



鎌倉幕府からの寄進10万貫?
『百六箇抄』加筆部には以下のような記述が見られます。

「又延山地頭発心の根源は日興教化の力用なり、然るに鎌倉殿より十万貫の御寄進有りしを縁と為して諸所を去り遁世の事・甲斐の国三牧は日興懇志の故なり」
(『富士宗学要集』第1巻、22ページ)

日蓮鎌倉幕府から10万貫という寄付をもらったという史実は存在しません。堀日亨氏もまた『富士日興上人詳伝』中でこの部分の加筆は「宗祖の顔に泥を塗ることになる」と指摘しています。
したがってこのような加筆が次々となされてきた『百六箇抄』の信憑性は極めて低いと言わざるを得ません。
加筆したのは大石寺なのか、それとも要法寺なのか、はたまた妙本寺なのか。それさえわからないほど管理が杜撰だったのか。そんな杜撰な管理をしていた大石寺相伝なんてどこに信憑性があるのでしょうね(笑)。



以上4点について触れましたが、これだけにとどまらず、『百六箇抄』を真蹟と判断するには多くの人が躊躇せざるを得ない材料がたくさんあります。
創価学会日蓮正宗もいい加減、『百六箇抄』が偽書であること、信憑性が極めて低く日蓮真作とは言えないことを後世のためにも早く認めるべきだと考えます。
『百六箇抄』の欺瞞を認めることで初めて真の「祖道の恢復」なんて言えるんだと思いますよ。