気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

長井秀和さんとの対話:その2。





先日、長井秀和さんと食事して話した内容はずいぶんと多岐にわたりました。前回の投稿から書き残していたことをいくつか書いてみます。


①戸田の後継者問題。
実は戸田会長が池田氏を後継としたという点には疑義が多くあがっています。エレベーター内での戸田会長からの"相承"もほぼ創作。だいたい小説『人間革命』における戸田会長との出会いのシーンは完全な作り話です。池田氏は最後まで入信を拒み、家に御本尊を持って帰ってもしばらくは何もせずに放っておいたことを本人自身が実は述懐しています(笑)。
そもそも戸田城聖の「城」の字を名前に頂いたのは秋谷栄之助氏と渡部一郎氏であり、以前は「秋谷城栄」「渡部城克」と名乗っていたのを池田氏に改めさせられたというのが事実です。
とすれば、早稲田大学出身の秋谷氏や東京大学法華経研究会出身の渡部氏を評価していたのが戸田会長の真意だったのではないでしょうか。



②宗門問題、言論問題について。
本来、第一次宗門問題については全ての原因は当時の池田会長にあり、池田氏が昭和52年路線で「在家も供養を受けられる」と発言し、法主の許可もなく御本尊を模刻し、挙げ句の果ては法主を呼ばずに池田会長が自身で開眼供養までやってしまったことが原因です。
創価学会が最初から在家の団体としてやっていくというなら理解できますが、少なくとも彼らは当時日蓮正宗の信徒団体を自称していました。とすればそれらの行動は本体の日蓮正宗を蔑ろにするものであり、宗門問題の原因が池田会長にあることは明らかです。
それにもかかわらず、ほとぼりが冷めたあたりで、自身が被害者のように装い「仇を打て!」と平気で言える氏の精神性には大いに問題があると思います。
長井秀和さんはこの点について

「宗門問題、言論問題等も、創価学会池田氏が撒いたイシューで、反省・謝罪をする立場にありながら、時間が過ぎたら、被害者面・なんなら法難に遭ったって論にしている所に厚顔無恥ぶりが覗かれます。  そこまで出来ないと教団維持は難しいんでしょうけど。  ある意味、凄い才覚だ」

と語っていました。


③その他、書き残していることについて。
その他にも語ったテーマは多岐にわたりました。聖教新聞の配達員の問題、名誉学位記等の問題、シアトル裁判等での写真改竄とか、インド創価池田女子大学のこととかいろいろあるのですけど、それらについてはもう少し情報を集めてから別途稿を改めたいと考えています。



長井秀和さんとは大きな論点で共通の見解に立つことも多く、有意義なお話になりました。長井さん、ありがとうございました。
また長井秀和さんとは定期的にこんな形で連絡を取り合い、対談できたらいいなぁと考えています。