気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

組織に依らずに。




信仰は組織に依存するものでもなく、自分で信じるものだと思うんですよね。
でも今の創価学会の幹部の方たちは、組織の論理に依拠するばかりなんです。だから創価学会が倒れたらその時点で思考停止になってしまうと思います。
そんな信仰なら最初から持たない方が良いでしょうね。



日蓮は門下に屹立した人格を求めていたんだと思うんですけどね。
確かに「大師講」という組織は存在しましたけど、遺文中に講組織が大切だと言ったことなんてありますか?別にないと思うんですよ。
それどころか日蓮自身、そんなに「大師講」に関して言及していないところを見ると、組織に対する視点は所詮その程度に過ぎないということです。


日蓮自身が屹立した人格者だったではありませんか。
日蓮の他宗排撃は法華経を根本にするゆえなのですが、日蓮という人物があらゆる宗派に拠らない、屹立した人格であったことは生き様を見るだけでよくわかることです。


日蓮は地涌の菩薩の上首、如来の使いとしての使命感に立って他宗を批判しながら、最澄の後継者として法華経を根本戒とする釈迦の教えの再統合を図っていました。
いわば台密にみられる諸経が包摂された総合仏教としての世界を見ていたわけで、それを顕したものこそ、文字曼荼羅でした。



日蓮は縦横無尽に諸経を摂取、批判しつつ、自身の思想の中に取り入れ、思想の再統合を試みました。それは自身の思想のまさに思索であり、追求です。



完成された教理があるとか、宇宙には根本たる普遍的な法が在るとかそんなこと言うから、話がおかしくなってくるんですね。


自立した一人の人間として信仰を貫徹したい。今はそんなことを考えています。

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