気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

家庭訪問がぱったりやんで。



創価学会の活動をやめて非活になった最初の頃は、ものすごい勢いで幹部の家庭訪問と電話攻撃にあいます(笑)。

私も当初はそうでした。
向こうも活動家が一人減るということがどういうことかわかってますし、ましてかつての私のようなバリバリの活動家ならなおのこと。説得できるのではないかと考えるでしょうし。



でも会えなかったり、話が噛み合わないとわかると、急速に活動家の足は遠のきます。
まるで関わらない方がいいと言わんばかりに、連絡が来なくなります。
まあ実際、私もあまり会いたくないですし。



こういった創価学会員の活動家の家庭訪問って、目的がすごく見え見えで、楽しく話せないんですね。
活動をやめることは悪であり、罰があたる。だから慈悲をもって説き伏せて引き止めるというわけでしょう(笑)。
そんなこと、私は信じませんけどね。
罰なんて当たりませんって。
じゃあ、そもそも創価学会員ではない人は、罰か何かが日常的に出てるってことなんでしょうか? そんなわけないじゃないですか。



そんな変な迷信に駆られて、私のところに来られても楽しくないですね。
私の立場を認めて、違う立場を尊重して対話できる、そういう創価学会の活動家はほぼ存在しません。
日蓮正宗の方もそうですよね。創価学会の活動をやめたと言うと「では日蓮正宗の信仰に返りましょう」とかわけのわからないこと言い出します(笑)。
あなた方の信仰する自由まで否定しませんけど、そんなもん私は信じませんって。



要するに信じるに足るものなのかってことです。私にとっては何ら日蓮遺文から説明も立証もできない創価学会の教義も日蓮正宗の教義も、私は信じません。どーでもいいです。
日蓮とは何も関係ない、わけのわからない謎の宗教です。
創価学会日蓮の正統を主張しながら、遺文もろくに読まず、教団を仏様扱いして、新聞の営業販売をしに来る、政治組織に過ぎません。
日蓮正宗日蓮の正統を主張しながら、何ら客観的に遺文から説明できない天台口伝法門のパクリ教義を使って、自山の正当化に使っている、ただの日蓮利用の宗教法人です。




題目をあげたらどんな願いも叶うんですか?
私、そんな御本尊、要りません。
御秘符をいただいたら病気治るんですか?
私、そんな変な薬、要りません。
日寛が言うように「願いとして叶わざる無し」の本尊なんですか?
私、そんな本尊、要りません。
御本尊に祈って折伏したら宿命転換できるんですか?
宿命転換なんてしたくありません。
御本尊に祈って折伏したら人間革命できるんですか?
人間革命って仏教用語なんですか?
そもそも「人間革命」って南原繁氏の用語のパクリでしょ?(笑)
絶対的幸福境涯になれるんですか?
そんなもん、なりたくありません。
法主や住職の指導を聞き、素直な信心に励むことが大切なんですか?
僧侶なんて私には要りません。
信仰をするのに組織なんて必要なんですか?
組織もお寺も、信仰には無用です。
会長も幹部も法主も住職も、信仰には無用です。