気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

教義について、ブログ記事の整理。





日蓮自身が釈迦を本仏としている文証。
日蓮正宗の方も創価学会の方も、ここで引用されている御書を読んで、日蓮が釈迦を唯一の本仏としていたことを早く認めましょう。


大乗非仏説と大乗仏教運動について。
※大乗非仏説はすでに定説ですが、では大乗仏教運動はどのような意義を持っていたのかということを考え合わせるべきでしょう。


弘安2年の御本尊は後世の創作。
日蓮正宗に秘蔵されている弘安2年の戒壇本尊について『宗祖御遷下記録』にも記録はない。日興の『三時弘教次第』にも記述がなく、日道の『三師御伝土代』年表中にも記述がない。『御本尊七箇相承』の記述とも矛盾する戒壇本尊は日蓮真蹟であるはずがなく、後世の創作品に過ぎません。


戒壇について。
※本来の戒、戒壇とは何であったのか。そもそも日蓮門徒に戒を与える儀式等は存在したのでしょうか。


日蓮末法の本仏ではない。
日蓮が自身を釈迦を越えた本仏であると言及した遺文は存在しません。日蓮本仏説の始まりは日有が言及した日蓮本尊論であり、そこに理論的説明を与えたのが日寛です。その理論の前提は中古天台口伝法門の援用であり、簡単に言うとただのパクリに過ぎません。


一念三千を考える。
※一念三千説を極説として教義化したのは天台智顗ではなく、むしろ妙楽湛然の方です。日蓮の思想形成に密教の影響があったことを考え合わせなければならないでしょう。


本来の釈迦の教えとは何か。
※「諸々の事象は過ぎ去る」というマハー・パリー・ニッバーナ・スッタンタの言葉が釈迦の最後の指導でした。


最澄の総合仏教の試み。
最澄真言空海から学び取ろうとした意図は、法華経戒壇の総合仏教化にあったのでしょう。そしてそれを日蓮は手本にしていると考えられます。