気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

池田名誉会長への批判。





私が創価学会、とりわけ池田大作名誉会長への批判をこのブログで取り上げると、途端にアクセスカウント数が減ります(笑)。



誤解のないように言っておくと、私は池田名誉会長への恨みから批判をしているわけではありません。
私は何度も池田氏に激励も指導も受けてきました。何度もお会いしてお話を聞く機会もありました。
池田氏に感謝していることもあります。
だからこそ間違っていることは間違っていると批判しなければいけない。



溝口敦氏が著書で指摘していたことですが、若き日の池田氏は病身に苦しみ、貧しかった。
貧しかったからこそ、病身に鞭を打ち、働かなければならなかったわけです。



溝口氏の著作から池田氏の若き日の貧しい暮らしを少し書いてみましょう(溝口淳『池田大作「権力者」の構造』講談社プラスアルファ文庫、2005年、原著1981年)。



池田氏昭和15年尋常小学校を卒業しましたが、貧しく中学に進むことさえできずに羽田高等小学校に入学しました。当時の池田は午前2時から3時に起床し、朝4時まで海苔張り、その後に新聞配達をしてから登校。帰ってくると乾いた海苔を剥がして夕刊の配達。夜は海苔についているゴミをとったと言われています。
新聞配達の配達料は月6円。これは学費と母への贈り物に使われたと言います。
昭和17年に卒業してからも、新潟鉄工所に勤めましたが、その間も家業の手伝いをやめられなかった。兄たちがどんどん戦争に引っ張られていく中、池田氏の労働力は貴重なものでした。
ところが、過労がたたり、結核の症状が出てしまいます。肺病で血痰を吐きながら仕事に行かなければいけない。


結核に苦しみながらも日々の食料にも医薬品にも不足し、結核も悪化。結核痔瘻、中耳結核、鼻結核を併発。満身創痍で茨城県鹿島の結核療養所への入院を決めても、満員で順番を待たなければ入れない状態でした。
当時17歳の池田氏は胸を冒され、軍需工場を休んで家で静養していました。ところが大空襲にあい、家も荷物も全て焼かれてしまいます。


そのような池田青年が創価学会に入信しました。ですから、貧乏人と病人の集まりの創価学会と揶揄された、その言葉をまさに体現するような青春時代を過ごしてきたわけです。



ところが戸田城聖のもとで信仰に励み、はたらくうちに生活も身体も少しずつよくなってきました。この体験こそが池田の直接的な信仰体験でした。



前置きが長くなりましたが、要するに池田名誉会長は、かつて私たちと同じような貧しい凡夫だったわけです。
その貧しい病の青年が信仰により体験を積み、指導力を発揮していきます。



私は時々、池田名誉会長が社会的な弱者に見せる思いやりを知っています。多くの学会員さんもきっと知っていることでしょう。
それは若き日の名誉会長が苦しんだ過去を過ごしたことから来る、人間性だったのではないでしょうか。
だからこそ池田名誉会長の指導を聞いて、貧しい人も社会的な弱者たちも奮起したのだと思うんですね。涙を流して頑張りたいと皆が考えたわけです。
そのような情動的な指導ができる。それこそがまさに池田名誉会長でした。



ですから池田名誉会長の思想は、自身の体験から来る、徹底した現世利益主義なのだと思います。それによって多くの人の心をつかんできました。
だからこそ、池田名誉会長の指導にも限界があったということです。



池田氏には取り立てて特筆すべき思想があるわけではありません。徹底した現世利益主義、そして日寛教学の援用、師弟絶対主義、根本の法は生命の法であるとします。内容的には全く浅く、密教か外道の教えです。
ですから日寛教学と現世利益の師弟不二だけではもう限界なのです。



その氏の思想から多くの人が信仰体験を得たことは否定しません。
しかしながら、その逆に、師弟絶対とする考え方から、今の創価学会の思想の硬直化という事態が生じたのではないでしょうか。
つまり今の創価学会官僚主義的な姿勢は、その遠因を辿れば実は池田名誉会長なのではないかということです。



池田名誉会長が悪を許さないとするならば、なぜ今の創価学会の現状に沈黙したままなのか?
悪に沈黙することもまた悪であるとは、当の池田氏本人が指導で言われていたことではありませんか?



池田大作という人物を正視眼できちんと見ることができないと、物事の本質がわかりません。
池田名誉会長の人間としての魅力や、貧しさの中で苦しんで生きてきたその人生観には理解できる部分、共感できる部分を感じます。
しかし日寛教学の借用と、戸田氏の生命論だけで指導を展開しても、結局オリジナルの思想は生まれてきません。
そして在家中心主義をとり(在家中心のあり方自体が悪だとは思いませんが)、師弟こそが仏法であると言い切った。


今の創価学会の教団絶対主義、教団本仏論はそこから来ているのではないでしょうか?
師匠が絶対ならば、その師匠に連なる弟子たちもまた絶対であるからです。
そのことにより、創価学会首脳部の教団絶対化が始まったと考えるのは早計かもしれませんが、少なくとも池田名誉会長の指導性にその遠因があったと考えることは可能でしょう。



そこに批判の声をあげなければ、歴史はまた繰り返すと思います。
師匠が絶対なのか。師匠とは牧口、戸田、池田であるとするなら、それは日蓮とはどのような関係にあるのか。
根本は日蓮なのか、日蓮正宗なのか、日寛教学なのか、それとも池田思想の師弟絶対主義なのか。それとも戸田氏の生命論なのか。
それは検証されているのか。文証があるのか。



池田名誉会長の真の思想を再評価するためにも、池田名誉会長の思想の限界を指摘し、批判すべきは批判し、過去を総括することです。
そこを誤魔化すことは、結局未来のためにならないし、また真に創価学会のためにもならないと考えます。
今の創価学会の根本的な病巣は、まさにこの点にあり、池田名誉会長の前で一切の思考が停止してしまうことにあると、今の私は考えています。



繰り返しになりますが、私は怨恨から池田名誉会長の批判を行なっているのではありません。
間違っているものは間違っているはずだし、その検証と総括が必要だと主張しているに過ぎません。
私は、私が創価学会員からどう批判されようが、除名されようが、忘恩の徒とか叛逆者呼ばわりされようが一向に構いません。
正しいものは何なのか、正しい教えとは何なのか、間違っているものは何なのか、それをいつも思考し、求め続け、検証することこそが仏法者のあるべき態度なのではないでしょうか。



呼びたければ私のことを「仏敵」呼ばわりすればよいのです。
「池田先生の恩を忘れた叛逆者」等と呼べばよいのです。
そのような敵を外部に作る思想こそ、権威化された悪しき教えだと思います。
そのような人たちに、私の考えていることなどわかってもらう必要はないですし、わかってほしくもありません。
私は私の一念三千説について、必要ない人には話しませんし、読んでほしくもないですし。