気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

諸天の勧請。






今になってみれば不思議だなあと思うことなんですが、昔、創価学会がまだ日蓮正宗の一員だった頃、毎朝の勤行は五座の勤行でした。方便品寿量品読誦を通算5回行うわけです(夜は三座でした)。
日蓮正宗は現在もなおこの形式で勤行しているのでしょうけど、創価学会はえらく簡略化して一回だけにしちゃいました。


で、この朝に行う初座では、諸天供養と言いまして、御本尊に勧請されている諸々の神様を供養するというものでした。
昭和40年頃まで用いられていた、創価学会最初期の勤行での初座の御観念文は以下のようなものでした。



「生身妙覚自行の御利益、大梵天王、帝釈天王、大日天王、大月天王、大明星天王、天照大神、正八幡大菩薩等惣じて法華守護の諸天善神、諸天昼夜常為法故而衛護之の御利益法味倍増の御為に。」




私が子どもの頃にしていた御観念文では「天照大神」と「正八幡大菩薩」はなかったと記憶しています。初期はこれらも含まれていたわけですね。



今、改めて考えてみると、謗法厳戒のはずの日蓮正宗創価学会がこの初座でどうして毎朝、異国の神々に対して題目を唱えて、なんら違和感を抱かなかったのか、というのは少し不思議なことです。
梵天ブラフマンのことで、仏教によって擬人化される以前はウパニシャッドの全宇宙的存在のことですし、帝釈天もやはり古代インドの神インドラのことです。天照大神や正八幡大菩薩は当然日本の神々です。
当時の創価学会員が帝釈天なんかを参拝しようものなら、謗法であると怒られたことでしょう。なにせ神社の鳥居をくぐることさえ創価学会員にはタブーだったわけですから。



しかしこの勤行ではなんら違和感もなく、日蓮正宗信徒は諸天供養を行い、東天を向いて題目まで唱えるわけです。
それらが他教の神々を供養しても謗法とされないのはなぜかといえば、当時、私たちはこれらが「法華経を守護する神」だと教わったからなんですね。



つまり創価学会日蓮正宗で当時言われていた理屈で言えば、法華経を根本にすれば、他の神々はそれを証明、守護する力用となって現れる。だから梵天帝釈を根本にしているわけではないという説明なのです。
でも考えてみれば不思議です。それなら東天なんか向いて題目なんかどうしてあげるのでしょう。



日蓮正宗の化儀はともかくとして、日蓮が著した曼荼羅には各界の神が勧請されています。これは法華経の虚空会の儀式をそのまま文字にしたものと普通に考えられています。
左右に梵字で書かれているのは向かって右が不動明王であり、左が愛染明王です。
日蓮の『報恩抄』の描写では大日如来までもが登場し、大日は多宝如来の郎等だそうです。



比叡山戒壇で、最澄が考えていたものは法華経を中心とした総合仏教としての戒壇堂でした。だからこそ密教の知識の不備を自覚していた彼は、空海に弟子を派遣して学ばせているわけです。
法華経の教えを根本にすれば、全ての教えが含まれるとしたわけですが、この考え方を日蓮も踏まえていると考えられます。



守護国家論』の時期の日蓮は法華真言がともに正法であると考えていました。以前にもこのブログで書きましたが、それが一転して真言批判に傾くのは文永年間のことです。
真言がなぜいけないのか。日蓮真言法華経の心を失念した教えであり、本来の仏である釈迦の心を失っているからであると説明しました。


とすれば、曼荼羅梵字で不動愛染がともに勧請されている根拠は、法華経の題目を根本にする時初めて、真言の教えも意味を持つと考えていたからでしょう。


『日女御前御返事』において、日蓮が、妙法五字の光に照らされて全ての法華経の会衆が「本有の尊形」となると説明しているのは、この意義なのでしょうね。同抄は『御本尊相貌抄』という別名でも知られている通りです。



つまり日蓮の思想は、総合仏教として法華経根本戒の、末法における簡略化にあったのではないかと私は考えています。
法華経陀羅尼品から法華経の題目を受持するという意義を持ってきて、題目を中心にして全ての教えが一つになる、その理想こそが法華経の虚空会の会座が表したものであり、それを直裁に文字で表現したものこそが日蓮の文字曼荼羅だったのでしょう。




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