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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

最澄と空海の関係について。

最澄空海の関係について。


加藤精一氏による論文『弘法大師伝教大師の関係再考』(『印度學佛教學研究』第42巻第1号、平成5年12月)を読んで、目からウロコが落ちるかと思いました。
いやぁ、なるほどね。
以下、自分が理解した論文の概略を書いてみます。


不空三蔵は中唐の密教僧ですが、密教経典の翻訳者としても知られ、唯識理論を密教に導入して新しい真言密教の教理を樹立しようとした一人です。唯識四智から真言五智への展開は不空の研究成果であり、ここから五智五仏の思想に発展し、金剛界三十七尊の中尊たる法身大日如来の教学的裏付けになっていきます。



つまり不空などの中唐の密教僧たちは主として大乗諸思想の理論を密教に導入して、密教教学の設立を志向していると考えることができるんですね。


空海はこれらの努力を相承し、創意工夫を用いて、帰国後、『弁顕密二教論』『即身成仏義』『秘密曼荼羅十住心論』『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)等を著した。これにより彼は真言密教の思想体系を確立させました。


このため、空海にあっては不空の存在は重要なのであって、とりわけ不空訳出の『金剛頂経十八会指帰』『分別聖位経』『三十七尊心要』と並んで『般若波羅蜜多理趣釈』(『理趣釈経』)は重要視されています。空海が中国から請来した密教経典のほとんど118部150巻が不空訳であることが、不空と空海との関係を示していると言えるでしょう。


最澄は弘仁4年9月1日に『依憑天台集』を著し、この中で不空は天台の物真似に過ぎないと批判されています。それにも関わらず、その数ヶ月後に不空の大著である『理趣釈経』を貸し出してほしいと最澄から空海に依頼があった。それに対し空海は弘仁4年11月23日付書簡でこれを拒んでいるのは、彼が最澄の『依憑天台集』を読んでおり、最澄密教への見方を知ったからなのだとする、佐藤氏の論は非常に説得力がありました。


このことが、伝教と弘法の確執の始まりと考えられていますが、実際のところ、この後も二人の交流は続いていたようです。ですから実際のところは、このことを契機に二人は互いの思想の相違について意識するようになった。そして違う道を進むようになったというのが、事実に近いのだろうと思います。



伝教最澄は、法華経を中心としていましたが、むしろ法華経を中心としつつ、法華経以外の経典もその中に取り込んだ、いわゆる"総合仏教"のようなものを理想として考えていたようです。
最澄は天台教学を主としていましたから、本格的に密教を学んだわけではなかった。そしてその後、空海が本格的に密教を学んで日本に帰国してくるわけです。
ですから、最澄空海から学びたかったわけでしょう。自説の理論体系の中に密教をきちんと基礎づけておきたかった。彼が企図していたのは総合的な仏教教学体系だったのでしょうから。



今、空海の『即身成仏義』を読んでます。
考えてみると日蓮の即身成仏という概念は、空海由来であることは明白で、若き日の日蓮の思想は密教の影響が強いんですね。ちなみに日蓮の『戒体即身成仏義』は日蓮真撰の著作ですが、創価学会版の御書全集には収録されていません。
創価学会版、堀日亨版には収録されていない御書も多いんですよね。
創価学会だと「そんなものを読むのは謗法だ」なんてわけのわからないことを言われるんでしょうけど、どんどん読まなきゃダメでしょうね。



今の創価学会員の方は、日蓮の「即身成仏」という概念が空海の用語ということも知らないし、日蓮自身が『不動愛染感見記』で大日如来から相承を受けたと書いていることさえ認めようとしないんでしょうね。
日蓮が妙楽湛然の一念三千説を摂取するにあたり、明らかに真言密教の影響があるわけで、可能な範囲でどんどん読んでみようと思います。
最澄が理想と考えた総合仏教の概念を日蓮が自分なりに表現したものこそが、実は日蓮曼荼羅だったのかもしれませんね。