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創価学会の非活メンバーによる語り

大乗非仏説と大乗仏教運動について。



「大乗非仏説」という考え方があります。

いわゆる大乗仏教と呼ばれる北伝仏教は、ゴータマ・シッダールタ滅後少なくとも数百年後に創作された経典であるということです。


これは学会の定説でして、その通りです。
ほとんどの漢訳仏典が釈迦の滅後に創作されたものであり、その意味で考えれば釈迦の直接の言辞として信用性が高いのは阿含経典になるでしょう。



では法華経の成立はいつなのか。
例えば中村元氏は宮本正尊編『大乗仏教の成立史的研究』中の「大乗経典の成立年代」において、自身の見解を次のように述べています。


「『法華経』信解品に長者窮子の譬喩があるが、金融を行って利息をとっていた或る偉大な長者の臨終のさまを叙して『臨終終時而命其子、并会親族国王大臣、刹利居士皆悉已集』という。ひとり富豪であるにとどまらず国王らを畏怖駆使せしめるような資本家の像は、非常に貨幣経済の進展した時代でなければ現れて来ない。ところでインドの貨幣経済、既に考察したように、ヴィマ・カドフィセス(約西紀37年以後)の時代において急激に発展した。故に法華経の成立年代の上限は約西紀40年であると考えられる。」


中村元氏は紀元40年を法華経成立の上限としているが、法華経の成立に関しては、段階的に紀元50年から150年頃に成立したとする考えが学会ではおおよその定説になっています。


また渡辺照宏氏は『日本の仏教』において、法華経が「インドの正常社会」ではなく「特殊の環境で発生したかも知れない」として次のように述べています。



「……『提婆達多品』が『法華経』に編入された時期については問題があるが、その記述によれば、デーヴァダッタこそは、前世においてシャーキャムニのために『法華経』を教えてくれた恩人であった。仏教教団では一般にデーヴァダッタを異端者・反逆者と呼ぶが、歴史的事実としてインドには、シャーキャムニが仏陀であることを承認せず、特別の戒律を守るデーヴァダッタ派の仏教が後世まで存在していた。法顕は5世紀にネパール国境近くで、玄奘は7世紀にベンガール地方で、デーヴァダッタ派の仏教の実状を見てきた。こういう特殊な派と結びついた点から考えても『法華経』が正統派の仏教とは別の方面で成長したことが推察される。」



法華経の成立と提婆達多品の編入は、デーヴァダッタ派との和解があったのかもしれませんね。



さて、本論に戻りますが、「大乗非仏説」を考えると、一切の漢訳経典は釈迦の直接の言辞ではないことになります。
大乗経典で最も成立の早いとされる「般若経典群」でも、釈迦の滅後約400年後に作られたと考えられています。



そもそもインドにおける仏教は口伝にして残すという伝統があったと考えられています。つまり釈迦が大乗経典の内容に近い教説を説いたとしても、それは文字にされず、口伝として伝えられたんですね。
漢訳経典の冒頭が「如是我聞」で始まるのはそのインドの伝統を伝えていると考えられるでしょう。



上座部仏教教団、特に説一切有部は「法」というものが「常住」するとして、自分たちの教義の体系化を図ります。
ナーガールジュナ(龍樹)の出現の意義は、この考え方を根底から打ち破ったことでしょう。つまり一切は空であり、縁起であるとする説です。
つまりナーガールジュナは伝統的教団の形骸化に対して、釈迦の本来の教説である空を唱え、そこに理論的根拠を与えた、その中心的著作こそが『中論』でした。



北伝仏教は八宗の祖であるナーガールジュナに源流がありますから、いわゆる大乗仏教教団はナーガールジュナの流れということになります。
ここからは私見なのですが、釈迦の教説において、本来の釈迦の心とは何だったのかを常に問い直すこと、そのことこそが大乗仏教運動の本質だったんだと私は考えています。



ですから、天台智顗が法華経に依拠したことは、成立史的に見れば根拠のないことですが、そこから一念三千説、止観を唱えたことは仏教運動の本質的な運動であると考えられます。



日蓮もまた天台の学説に触れ、一念三千説を取るのですが、彼は彼の生きた時代において、何が正しい仏陀の教えであるのかを常に問い直していたのだと考えています。
そして最終的に至った結論が題目の五字だったのでしょう。



もちろん日蓮の説もまた形式化された瞬間から、形骸化し、本来の運動、本来の意義を失う危険性をいつも孕んでいます。
だからこそ私たちはそれを学びつつ、常に現代における釈迦の本来の心とは何だったのかを問い直さないといけないわけです。



牧口常三郎という人は、創価学会の歴史において、伝統的な仏教から本来の仏教の心を問い直し、新しい何かを生み出そうとした最初の人物だったと私は考えています。それが成功したかどうか、正しかったのかどうかは別問題としても、少なくとも彼が考えていたことは言えるかと思います。



しかしながら、現在の創価学会は会則改正で教団を「創価学会仏」と命名し、教団の権威付けを図り、正当化の道を歩んでいます。
これは説一切有部が法の常住を説き、自分たちを正当化して権威付けた過程とあまり変わらないのではないでしょうか。
同時に今の創価学会がやっている教団の正当化は、日蓮正宗の板本尊の正当化と血脈抄の創作による法主の権威付けと本質的には何も変わらない気がします。



そのような「法の常住」とか、「大宇宙にある生命の法」等の考えに対して、ナーガールジュナは「一切は空であり縁起である」として、説一切有部の欺瞞性、権威性を徹底的に打ち破ったわけです。



創価学会は今回の会則改正で、いかに形骸化し、どうしようもない教団になったか、よく認識しました。
本来の仏教の心とは何だったのか。常に問い直すことが仏教者には必要なことなのではないでしょうか。



私は法華経が釈迦の直接の言辞ではないということを否定しません。
法華経に依拠せず、阿含経典や般若経典に依拠しても、信仰の問題で別に構わないと思います。
ただ私は天台智顗が法華経から一念三千説を取り出したことは、大乗仏教の本質的な運動であったと考えますし、また日蓮の事の一念三千説もまた釈迦の本来の心を取り戻そうとする本質的な運動であったと考えています。


問題の本質は、日蓮の説が題目と御本尊により完成されたと錯覚し、それを絶対のものと考え、自身の教義や教団を権威化する、その形骸化なのではないでしょうか。
天台智顗の止観を「理の一念三千」とし、日蓮が自身の説を「事の一念三千」としたのは、まさに大乗仏教運動の本質であり、捉え直しです。
そのようなダイナミクス、再解釈の動き、常に釈迦の本来の心を、現在の文脈で捉え直そうとする信仰者としての謙虚さ、真摯さ、敬虔の念を現在の創価学会は失っています。
彼らは問い直すことをしていません。振り返ることもしていません。真摯に自分たちの基盤を見つめることもできていません。


それができていない教団に、大乗仏教の徒と名乗る資格はないでしょう。
しかし、たとえ依拠する経典が法華経でなくても、たとえ阿含経典部だとしても、本質的に釈迦の心を問い直して理論の再構築を試みる者は私には大乗仏教の運動を理解している人間と考えています。