気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

現世利益の信心なんて要らない。



創価学会は「生命論」という考え方を捨てて、同時に現世利益的な信仰からも早く脱却すべきだと思っています。

そもそも現世利益を主張し、昭和40年代にかけて圧倒的な飛躍を果たした創価学会は、一つの社会現象でもありました。
しかし経済の発展とか、御本尊を「幸福製造機」と呼んで利益を主張することは、もはや時代にそぐわないと思わざるを得ません。そういう意味では創価学会の存在は時代の寵児だったわけで、その歴史的役割をもはや終えようとしているわけです。


今後、創価学会が存続していくためには、大胆な教義の改変、日蓮正宗の教義からの脱却、現世利益の否定と新しい信仰観の確立、公明党支援の見直し、本部職員の削減と財務制度の廃止等の改革が必要でしょう。
ただこれらは現在の創価学会の体制が存続している限り、ほぼ不可能であると考えています。現状の創価学会員は長年の間、日寛教学と極端な現証優先主義、現世利益、生命論等を刷り込まれてしまっており、御本尊見直し論議や本仏論の見直しでさえ、感情的な反発を招きかねず、冷静に議論することができる素地を失っています。


「お題目をあげると就職が決まる」
「御本尊に祈れば病気が治る」
「財務に挑戦して経済革命しよう」
そういう短絡的な信仰観から早く抜け出さないといけません。
確かに祈ることを否定はしませんが、祈りとは「苦楽ともに思ひあわせて」祈るものであり、その時に出た結果を素直に受け入れる自身に気づけた時、功徳ということの意味を知るようなものでしょう。



現在の創価学会は戸田会長と池田会長が作ったものだと私は考えています(牧口会長が作った創価教育学会は少し違うものだったでしょう)。戸田城聖氏が作った信徒団体を発展させ、拡大してきたのが池田会長です。
しかしそれが発展してきたのは、法が正しかったというより、歴史における一つの社会現象だったからだと私は考えています。
貧しく、差別を受け、病気で、地域から出てきたために仲間を持てない庶民の存在。それらを救う本来の団体は社会党共産党だったはずですが、そのような悩む人々を糾合し、組織したのは彼らではなく創価学会だったわけです。


創価学会には自分たちが地涌の菩薩の眷属であるという強烈な選民意識があり、強烈な現世利益を主張しました。それらは蔑まれていた人々に生きる希望を与え、創価学会という名の共同体意識を育んでいきました。


そんな創価学会の活動に意味がなかったとは言いません。そこにはやはり歴史的な役割があったわけで、貧しく蔑まれていた人々を実際救済してきたのが創価学会だったわけですから。


ところで、救済という語はかつての創価学会にあっては現世利益にあったと言って良いでしょう。日本の景気が上向くと同時に創価学会員は経済的にも上向き、それらは「功徳」として認識されました。
それらは強烈に現証を重視する極端な現世利益主義的意識を生み出しました。



そして現在の創価学会はどうでしょう。会員は高齢化し、安定した生活を送るのはかつての古参の会員だけです。
青年部は激減し、青年部の多くが仕事が決まらず、精神に疾患を抱えている人が少なくありません。これらは学会の組織にいた自分自身の感覚です。魅力的な人材が創価の青年部からどんどん減っていきました。残ったのは精神疾患を抱えたり、無職のまま、あるいは派遣社員のままで転々としている青年層の苦しんでいる姿でした。少なくとも私が組織で見た青年部の現状はそのようなものです。



実際に昭和40年代から折伏は進み、800万世帯を越える会員数を創価学会は達成しました。広宣流布創価学会の力によって目に見えて進んだのです。
では、現在の日本社会は、かつての社会よりも進んだ平和社会になったのでしょうか?
長い不況は出口が見えず、現在の公明党の状況を見て、これが広宣流布の進んだ社会だと考えるでしょうか?
広宣流布とは創価学会の会員が単純に増えればそれでよいということだったのでしょうか?
公明党議席数が増えることが広宣流布なのでしょうか?
政財界等々、社会のあらゆる階層に創価の信仰を持つ人々を送り込むことが広宣流布だったのでしょうか?
それは明らかに進みました。公明党は政権与党になり、創価学会も公称800万世帯となり、世帯数を人数に換算すれば日本国民の三分の一は創価学会員でしょう。では今の日本社会がより進んだ平和で幸福な社会なのでしょうか?



私はそうは思いません。
だからこそ、広宣流布観の見直し、それだけでなく、今まで学会がやってきた思想の見直しが急務だと考えるのです。
旧態依然と数の折伏を唱え、日寛教学に寄りかかり、日蓮が釈迦をも越える仏であると盲目的に信じて、日蓮正宗の御本尊に向かって日蓮正宗の撲滅を祈っているような現在の姿では、新たな会員の獲得など叶うはずもないし、創価学会は社会からも宗教界からも孤立した過去の遺物として形骸化した姿を晒すだけです。
今までの総括がなされておらず、現状の教義を少しずつ訂正してごまかしながら徐行運転をしていても、真に時代に即した組織になる前に組織が高齢化して崩壊するのは火を見るよりも明らかです。


現状の組織の形骸化・弱体化を、現在の創価学会本部、信濃町の宗教官僚たちはそれなりに認識していると予想されます。問題なのはそれらの点について積極的に公開して総括する姿勢に乏しく、むしろ都合の悪い点は会員に隠して、動揺させないようにという言い訳を作ってまで現在維持にやっきになっていることです。過去の総括ができないのです。そして創価学会に残った人々は、そのような官僚たちの言うことを盲目的に信じる牧羊のような盲信の人たちばかりになっています。


積極的に教義の破綻を認め、現在の教義の問題点を認め、自分たちが誤っていたことを認めない限り、創価学会は今後成長することはないと思います。その上で創価学会独自の教義を作らなければならないのですが、現在の学会にはそのような人材がすでにいません。


戸田会長時代、指導の際に教学的な問題は常に宗門側に伺いを立て、許可を得ていました。それが池田会長時代からなし崩し的に廃止され、学会独自で教学の解釈をして数多くの指導著作の出版、スピーチ等をしてきました。
宗門僧に何でもお伺いを立てればそれでよいとは思いませんが、少なくとも池田会長時代から学会は宗門というブレーンを失い、その代わりとなるべきブレーンを得ることもなく今日まで来てしまったのです。それは昭和52年路線と呼ばれる極端な在家中心主義であり、その在家中心主義を強硬に主張した人物こそまさに池田会長その人でした。


この後、創価学会日蓮真蹟本尊を根本の本尊とするのでしょうか。その認定は誰がするのでしょうか。法主信仰と大石寺の権威付けに使われた日蓮正宗の日寛教学をこれからも維持するのでしょうか。それとも改正するのでしょうか。改正するなら今までの過ちは認めるのでしょうか。会員にどう説明するのでしょうか。
大きな動執生疑を生み出さなければ、総括も新たな教義も生み出せないでしょう。


現在の会員は日蓮の御書もさして読まず、よるべきよすがが「池田先生」しかない現状です。
ですから創価学会の総括を彼らが試みると結局「池田先生の心に叶った組織へ!」とか「今こそ池田先生に帰れ!」といった、個人崇拝の解釈でしか教学を語れなくなっています。
果たしてこのことは未来の創価学会にとってプラスなのでしょうか?



戸田会長の亡霊からも、池田名誉会長の影響からも離れても、自身で教学を語れる人材は、今後創価学会からどんどん離れていくでしょう。そして創価学会はそのような人材を「叛逆者」「忘恩の輩」呼ばわりして組織の引き締めを図りながら、結果的に人材離れから自分たちの首を絞めていることになっていることに気づいていないのだと私は思います。