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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

例えば聞法下種とか

日蓮正宗第26世・日寛法主

創価学会の教学への影響って
大変なものがあります。
ほぼ日寛教学と言っていいです
日寛の教学で、
今の創価学会に残っているものを
思いつくままにあげてみると……





2、五重の相対
3、三重秘伝
4、受持即観心
5、聞法下種、発心下種
6、弘安2年の大御本尊
7、正行、助行(当流行事抄)
8、人法一箇(文底秘沈抄)
9、依義判文(依義判文抄)
10、本門戒壇
11、六大秘法



……他にも山ほどありますね。
そもそも相伝書と呼ばれる
「百六箇抄」とか「本因妙抄」とかを
自由自在に引用していたのも彼ですから
それ以外にも山ほど
日寛の影響があります






まずこれら全てを日蓮の遺文から
再構成する作業が
今後、崩壊する創価学会には必要です
いっぺん最後の最後まで
壊れてみないと
自分たちの前提を振り返ることさえ
できないんですよね






そもそも「聞法下種」とか
日寛の「観心本尊抄文段」に
出てくる言葉です。
本当にそれで正しいのか
ちゃんと私たちは御書、遺文から
検討した方が良さそうです。
だって「聞法下種」という言葉は
昭和40年代とかに
強引な折伏創価学会がしていた頃
ほぼ理論的な下地になっていた
教学じゃないですか。
要するに相手が
発心するかどうかは関係ない
とりあえずこちらの仏法の話を
聴かせればいいんだという
理屈になってきたわけです。



果たして日蓮遺文から見て
聞法下種という考え方は正しかったのかと
もう一度、創価学会員たちは
再検討が必要なのではないでしょうか。
今後も「聞法下種」の理論を基にして
相手が聞こうが聞くまいが
とりあえず説き聞かせる折伏
やってっても良いのかどうかということ。





こういうことの一つ一つの検証が
全くなされていないんです。
学会総体としても、
学会員個人でも
御書に照らしてどうなのかなんて
考えようとしないんです。
会員も学会幹部も
みーんな
池田先生がこう言っているから
正しいとか正しくないとか
そんなことばっかりなんです。




今の創価学会
自分たちの教義を
開祖の日蓮の遺文から
語ることができないという
致命的な思考停止状態です。
その状態をなんとかしないといけません。
本当にあんたがた、日蓮門下なのって
言われても何も言えませんって。






地区の婦人部も、地区部長も
昔の日寛教学しか知らないんです。
今の創価学会
例えば「聞法下種」という教理の
論拠と文証を質問しても
自分たちの力で
御書を読んだり、考えたりすることが
できなくなっていて
何も答えられないし
何も出てこないんです。



で、口に詰まると
「池田先生の指導では〜」
「池田先生はこう語られている」
とかしか言えなくなってるんです。




学会のみなさんはどう思いますか?
相手が聞こうが聞くまいが、
こちらの仏教の話を
説き聞かせることは
下種だからこそ
正しいと
今でもそう思いますか?
その論拠は何ですか?
ちゃんと自分の言葉で考えて
日蓮の遺文からの文証はどれですか?