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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

公明党への支援活動って功徳あるんですか?

いつから創価学会って

選挙の支援活動に功徳があるなんて
言い出したんでしょうか
御書にそんなこと書いてあるのかな
それをわかった上で
幹部とか会員さんとか言ってるのかな





なんでみんな考えないんだろうね
自分たちがやってることが
日蓮仏法の中で
どーゆー意味を持ってるのかとか
そーゆーことをなんで考えないのかね
考えないならただの盲信じゃないですか







創価学会って昭和50年前後まで
王仏冥合とか言ってたことを
反省したんでしょ?




個人的には選挙の支援活動は
別に誰であろうと自由だとは思いますが



少なくとも
政治活動と宗教活動とは
いちおう分離したんですよね。




公明党への投票支援の活動に
宗教的にも功徳があると
学会が組織で指導しているという事実は
その反省をなし崩し的に
やめにするってことじゃないですかね
しかも教学的な裏付けも何もなしに。





しかも創価学会本部、すなわち信濃町
この件については何も発言してない
ってことは
全て現場が勝手にやってるってことにして
何か問題が起こっても
信濃町は知らぬ存ぜぬで行くってこと?






もう何もかも
教学的な裏付けもなしでいくと
考えない
思考停止






本当は
公明党への支援活動って
宗教活動だとか
やると功徳があるだとか
幹部は本来言っちゃいけないんです
二つは別のものですから
中央の一部幹部はそのことは
なんとなくわかってて
幹部指導でよく聞くと
「政治活動に功徳がある」とか
そういう表現は微妙に避けてる
幹部もいることはいる




でもさ
現場では
「選挙の戦いをして福運をつけよう」とか
公明党への投票が広宣流布だ」とか
信仰と選挙活動を結びつけるような
そんな幹部指導が
地元組織では普通になってる
その現状について
信濃町が何も言わないということは
現状の容認に等しい
そのことを信濃町の皆様は
わかってるんですかね。





もうどーでもいいんですかね。
創価学会は宗教団体でなくてもいいのかな
王仏冥合という言葉を再解釈する
必要性も私は感じてるけど
少なくとも無反省に
選挙活動が信仰活動の一環だなんて
考えちゃいけないし
それに近い発言は慎むべきでしょう




それが今、やりたい放題、勝手放題
思考停止で、好き放題やってる
日蓮仏法の裏付けなんて
誰も考えようとしてない
誰も責任を取ろうとしてないのかね
地域の幹部も
中央の幹部も