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気楽に語ろう☆ 創価学会非活のブログ☆

創価学会の非活メンバーによる語り

学会批判する人たちは本来

今の公明党

自分たちに激しく批判を加える学会員が
かつて自分たちを熱心に応援してくれた
支持者であったという冷厳な事実を
忘れている気がするね



同時に創価学会本部も
自分たちに激しく批判を加える学会員が
かつて本部を守るために
必死に戦ってきた
純粋な信者だったという冷厳な事実を
忘れているんじゃないかな




批判を激しくするということが
ただの悪口の口汚い非難だけなら
褒められたものでは全然ないけど
けれど創価学会にガンガン批判の言葉を
あげている人たちの
その言葉一つ一つが
かつて創価学会を必死で支えて
必死に応援して、戦っていた
その思いの
実は裏返しだったとしたら
どうなんでしょうね?






創価学会本部が
本当に大事にすべき人たちって
従順で何も言わない
高齢化しつつ弱りつつある
現在の組織の人たちなのか、
それとも自分たちに厳しい目を向け
厳しい口調で批判することも辞さない
そういう人たちなのか、
どちらを大切にすべきなんでしょうね?




もちろんどちらも
大切にすべきなんでしょうね
でもどちらかの言葉だけに耳を傾けず
ただ黙殺するだけなら
信濃町は手痛いしっぺ返しを食らいますよ






聖教新聞をとっているのも
財務をしているのも
公明党への一票を投じているのも
みーんな
名もない会員なんですから





本当はそういう不満の声を
かつては地域の幹部が拾っていたんですが、
ここにきて、それができなくなってきた
地域の幹部に指導力がなくなって
会員が相談しようと思わなくなってきたのね
もちろんたくさん役職があって
よくわからない副役職の幹部なんて
たくさんいるのに
そんな人に限って信用されないし
指導を受けようなんて思わない
結局そんな会員の不満が溜まって
行き場所を失っているのね




名もない会員の声なき声を
拾うことができなくなっちゃって
地域の幹部は全然拾い上げることができず
ついにネットだとか街頭だとかで
声をあげる人が出てきたと





創価学会が地元組織だけで
不満をすくい上げることができなくなって
その会員のフラストレーションが
外に出て行こうとしている
組織の末期症状かと思いますね



だって私だって
地元組織の幹部で
信用できる人がいたら
その人に言いたいこと話して
酒でも飲んで
解決しますって
こんなことをブログに
書くわけないじゃないっすか?






結局誰に話しても変わらない
組織に話しても変わらない
信濃町に相談に行ってもよくわからん
そんな状態なんじゃないっすかね
今の創価学会って。







じゃあ自分で考えて
何かやりますって
なりますよね
組織になんて
本音言わないっすよ
言いたくないっすもの





「池田先生がこう言われている」
「だから戦おう」
そういうわけのわからん師弟不二論は
もう聞き飽きたわけで
借り物の言葉で指導されても
人間、何も感じないんです






私は池田先生の仏法を
信仰としているわけじゃないんだけどなぁ
私は日蓮仏法を信奉しているわけで
池田名誉会長の仏法を信じているつもりは
毛頭ないんですけど